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「なにより川上を誰にも渡しはしない」
彼の低い声が耳を通り過ぎた。けれどなにを言われたのか正確に理解できない。
「両親の状況や川上の気持ちはわかった。でもどうして俺たちも同じになると考える? ひとつの事象だけを見てすべてに当てはめるのは浅薄だ」
「最後の部分は同意しますが、今回ばかりは火を見るより明らかだと思います」
仕事口調の社長につられて私も返す。おかげで混乱から抜け出せた。彼が渡さないと言っているのは秘書としての私だ。
尊さんの元で働いているのを気にしているのか。結論づけてため息を漏らす。
「愛し合えるなら結婚するんだな?」
ところが真剣な面差しに鼓動が速くなる。触れられている箇所から体中に彼の熱が伝染して、息まで苦しくなりそうだ。
「っ、簡単に言わないでください」
「簡単には言っていない。俺は無謀な真似はしなんだ。できないことはできないと言う」
淀みのない返答に言葉に詰まる。社長の元で働いていたから知っている。彼はそういう人間だ。とはいえ……。
「できる、んですか?」
不審と不満を露わにする私に、社長は余裕たっぷりに微笑みかけてきた。
悔しいけれど私はこの表情が好きだった。自分の思うように事を進められると確信を得たときの自信に満ちた顔。またこんなそばで見られるとは思ってもみなかった。
「川上次第だ」
「……はい?」
見惚れていたのもあるが、話の流れが読めない。どうして私の問題になるの?そう口にしようとする前に社長がおもむろに顔を近づけてきた。
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