〜誕生〜

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

〜誕生〜

「緊急手術です!」  病室に響いた女の叫び声。その場にいた誰もが凍りついた。顔面蒼白になった妊婦が横たわるベットに、慌ただしく動く白衣の医師達。 「先生!何かあったんですか!?」  私もまた顔面蒼白になりそうな勢いで、医師に掴みかかろうとする。 「現在、奥様とお子さんは大変危険な状態です。これより帝王切開による、緊急出産をいたします。詳しい事情は、後ほど看護師より説明いたします」  困惑の表情を浮かべながらも、妻に寄り添い病室を出る。手足から血の気がひいていく。心が体から離れていく。歩いても、座っても落ち着かない。 「それほどまでに妻を愛していた」こんな状況で私は悟る。 「これほどまでに愛おしくて、儚く、脆い関係だったのか」 「人間とは、もっと強く、勇ましいものでは無かったのか」 「今ならばこれまで言えなかったどんな言葉も恥ずかしげもなく、この世界に響くほどの声量で言える、いや言いたい」と。  困惑し、儚さを悟り、言動を後悔し、また悩む。 「これから生まれてくる子供にも愛の言葉は必要なのではないか」両親を愛し、両親に愛された子の成長を知っていた。また、愛されなかった子の苦労も理解しているつもりだった。 「ならば一方的に別れを告げるのは、私たちのエゴであり、子供にとっては酷なことではないのか」堂々巡りな考えが頭を埋め尽くす。  赤いランプが消え、ほのかに赤く染まった衣物を目に留めながら医師を見る。 「手術は成功しました。母子ともに健康です。」  脱力し、その場に崩れ落ちた。 「・・・しばらくの間、入院していただく・・」  医師の言葉を耳の奥に感じながら、困惑がましていく。 「よかった、、本当によかった」「子供の名前は何にしようか」 「このままこの子を自分達から手放すのか」 「妻の声が聞きたい、妻の言葉が聞きたい」「赤ん坊の声が聞きたい」若干、意識を朦朧とさせながら、妻が眠る病室へ向かう。少し強張った表情と、目から涙の筋をうかべながらも安らかに眠っている様に見える。 「ありがとう、、ありがとう、、」  感謝の言葉が心から溢れる。 「ごめんな、お前にばっかり無理させて。ゆっくり休んでまた、元気な言葉を聞かせてくれ。これからどうしようか。やっぱり施設に預けたほうがいいのかな、それとも私たちの手で育てたほうがいいのかな。どうしようか」  私は堪らずにつぶやいてしまった。言葉では言い表せない複雑で、単純な思いが胸を締め付けていた。 「これほどまでに弱く、繊細で、愛らしいものを手放していいのだろうか」「これほどまでに脆く、儚く、愛らしいものを育てるのか」迷い悩む一日は、私のこれまでの人生を振り返らせ、これからの人生の分岐点になる事を感じて、また苦悩する。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!