変化

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変化

 夏休みの課題がたまってきてしまったので、集中するために図書館へと向かう。この殺風景な町の道も慣れたもんだ。 「あそこの家のいつもある車がない。出かけているのだろうか」 「あっちは洗濯物を取り込んでいる。大変そうだ」変態的な目線で町を見るのが癖になってしまった。気色悪いよなこんな通行人。自分で自分に嫌悪感を抱きながら自転車のペダルを踏む。真夏の日差しで、アスファルトに反射してたまった熱気が、風で俺の進路の邪魔をする。  不慣れな運動に耐えきれず、通りがかりのコンビニで休息を取る。アイスにジュース、お菓子を手に取る。「こんなものを買うから、太っていくのだろう」また、自分に嫌悪感を抱くが、そのままレジへ向かう。イートインスペースで五分ばかし休むと、また気力が湧いてきた。  ドアが開くと同時に襲いかかる熱気に、心折られそうになりながら、自転車へ向かう。 「何してんの?こんなとこで」  声がして振り返ると、彼女がいた。自転車のカゴには重そうなリュックが。 「これから図書館で大学の課題やろうと思って」 「私も!やっぱり受験は夏が勝負だからね」  少し顔が紅潮しているように見えるが、気のせいだろうか。彼女に並んでペダルを踏む。 「それにしてもだらしないな〜。こんな時期になっても、課題が終わってないなんて」 「ほっとけ。俺は小学校の頃から、宿題はギリギリにやるタイプなんだよ。 お前だってそうじゃなかったか?」 「去年まではそうだったよ。でも受験生なんだし、ちゃんとしなくちゃいけないなと思って」  彼女は根は真面目だった。普段はおちゃらけて、毎日が楽しそうだ。だから、知り合ってから早い段階で、悲しいはずの自分の過去を、妙に明るく話す彼女の姿は印象的だった。しかし、時間には正確で、約束事もきちんと覚えているし、何より他人の感情の変化に敏感に気づく。 「はぁーやっぱり涼しいね!私の部屋にはクーラーついてないから、暑苦しくて」 「おい、静かにしろよ。まぁ、暑かったら集中できないよな。 だからって、あの大部屋で勉強するのは厳しいか」  俺は彼女の住む施設に何度か足を運んだことがある。どれも彼女が風邪をひいて、休んだ学校の資料を届けるだけだったが。 「そうなんだよ。あそこには皆が集まってきちゃうから、うるさくってさ」  そういうと彼女はそそくさと席に座り、問題集を開いた。俺は彼女の向かいに座り、パソコンを開く。彼女の座った姿勢はとてもきれいだ。背筋が伸びて、わずかに顎がひけて、その空間だけ絵画かのような、気品な佇まいだ。 「ねぇ、ここ教えて?」 「俺に教えられるわけないだろ。三流大学生なめんなよ」 「それでも、大学生でしょ?アイスおごるから。ね?」 「さっき食ったよ。諦めろ。」 「ケチ」  決して勉強ができない方ではなかったが、もとから興味のあることしか勉強しない人間だった。学校のテストは良くて平均点止まりという、平凡な学生だ。今でもその性格は治っておらず、大学でも留年ギリギリということも、しばしば。  小一時間程たっただろうか、休憩がてら俺は、ロビーへ向かった。置いてあるソファーに腰掛け、風に揺らされる木々を、ぼんやりと眺めていた。「なんとか期限中には終わりそうだな」緊張していた心が、和らいでリラックスしながら、何故か今後の人生を考える。「これから俺、どう生きるんだろうな。今してる勉強も社会にでたら、役に立たないだろうし、結局は三流大学だしな。でも、今は楽しいしな。いつかは結婚もすんのかな。大学でたら何やろうか」漠然とした不安が、急に頭をよぎった。同年代の若者達の活躍をメディアで見ても、何も感じたことなどなかったが。 「何見てんの?」  先に休憩していたであろう彼女が、俺のスマホを覗き込んできた。 「いやな、この先の人生について考えてた」 「なに急に黄昏てんの。悩みでもあるの?お姉さんが聞きましょうか?」  小馬鹿にしてきた彼女だが、その言葉には気遣いが溢れてた。 「大丈夫だよ、ありがとな。そういやさ、お前はどこの大学受けんの?」 「うん、結構いいとこ受けるよ。だから勉強頑張らないと」 「夢とかあんの?」  チャンスだと思った。まだ知り得ない彼女のことを知れるんじゃないかと。 「夢か〜考えたことないな。小学生の時は、パン屋さんになりたいとか、先生になりたいとか思ってたけどな〜」 「大学では、なんの勉強すんだよ?」 「それは内緒。でも、社会に出た時、役立つ分野だと思うよ」 「そう。まっ、せいぜい頑張れよ」  そういって俺は、コンビニで買ったペットボトルをゴミ箱に捨て、図書館へ戻った。あれ以上踏み込んで聞くと、もう彼女はなにも答えてくれなくなる。直感でそう感じた俺は、自分の興味を押し殺して、パソコンの画面と向かい合う。しばらくすると彼女が、少し目を充血させて帰ってきた。声をかけようかと思ったが、彼女はいつもの、気品のある佇まいでペンを走らせていた。今日もまた、彼女のことを知れたようで、何も分からないようだ。諦めた俺は、ただひたすらに課題に取り組むことにした。
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