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日が沈み始め、景色が赤く染まり始めた頃、彼女が口を開いた。
「ねぇ、そろそろ終わりにしない?私、行ってみたい場所があるんだけど、付き合ってよ」
「報酬は?」
「一回奢り」
「OK、付き合うよ」
彼女の気まぐれに付き合わされることも多々あるが、そのたび俺も気まぐれに付き合う。自動ドアが開き、熱風にさらされ一瞬、気分が落ち込んだが、好奇心で打ち消した。彼女と並んで自転車を走らせ、夕日が沈みかけた頃。
「なぁ、どこまで行くんだ?結構な距離きたぞ」
「もうすぐだよ」
そういうと彼女は、立ち漕ぎになってスピードをあげた。慌てて俺もスピードを上げて、ついていく。横目で見える景色が、なんとなく綺麗な気がして振り返りそうになった時。
「よそ見しちゃダメだよ!」
未来でも見えてんのかとほんの少しの恐怖を感じながら、「わかったよ」と生返事をして、彼女の背中を追った。高台へ向かう車輪に、精一杯力を加えながら、息を切らす。そこには、少しひらけた公園があった。
「ついた〜!!」
「お前がきたかったのってここ?」
「そうだよ!ここからの景色がとっても綺麗なんだって!」
彼女の目が輝いているように見えた。そこから見えた景色は、なんてことない普通の、田舎の風景だ。広い田園に、ところどころに煌く家屋の電気。金色の実に月明かりが反射して、輝いていた。
「なぁ、この場所誰に教わったんだ?」
返事がなかった。ふと彼女を見ると、言葉を失ったかのように息を呑み、目を見開いて固まっていた。俺はそっと近くのベンチに座り、彼女が落ち着くのを待った。
「ねぇ、私さ、」
「どうした?」
「私いま、ものすごく感動してる!ここから見える景色はさ絶景じゃないと思うけど、でもどこか懐かしくてさ、暖かくて、優しくて、とっても綺麗な景色じゃない?」
「うん、綺麗だな。すっげぇ田舎だけど、」
興奮気味に行った彼女の言葉が、俺も心の奥に残ってしまった。
それからしばらく彼女はぼんやりと景色を見て、ふと我に帰ったかのように大声でいった。
「ああ〜!!もうこんな時間!ちょっと!なんで声かけてくれなかったの!?」
「いやぁ、えらく感動してたみたいだったから、そっとしておいた方がいいかなと思って」
「門限あるんだよ!知ってるでしょ!」
彼女は慌てて自転車にまたがり、「先に帰るから!じゃあね!」と言って帰っていった。取り残された俺は、感動の風景をしばらくみつめる。内心、綺麗だとは思うが感動するほどじゃないし、ましてや誰かに紹介するのもどうなのかと思ってしまう。きっと俺は心が汚れているんだろう。ただ純粋に、美しいと思えない人間に育ってしまったのだろう。少し落ち込みながら、ゆっくりと家路につく。
見慣れた町の風景が、どこか虚しく思えた。朝見たものと変わらないはずなのに。空を見上げて、星を眺める。
「なにがいいんだろうな、こんなモノ」
少しの絶望をむける。
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