日が昇らない世界

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 やかましいエンジン音が聞こえたので振り返ると、工場の搬入口に一台のトラックが入ってくるのが見えた。工場の中ほどで止まったのを確認して、俺はトラックに近づく。その荷台には、円柱型の機械部品が積まれていた。黒くて重厚感のあるそれらは、ディーゼルエンジンのピストンだ。数は六つ、中型のディーゼルエンジンとしては標準的な数である。しかし、ボア径二十六センチ、高さは一メートルほどもあるピストンが、六つも並ぶ様は圧巻だ。  三日前、造船所のドライドックに一隻のフェリーが入渠した。船がドライアップされたのも束の間、検査のために次々と船の機器がバラされていった。バラされた部品は整備のため、次々と工場に運ばれてきていた。  俺はトラックの荷台に這い上がる。天井から吊るされたクレーンのフックを持ち、ピストンの頂部についたアイボルトに引っかける。百キログラムをゆうに越えるピストン、たとえ荷台から下ろすだけでも人の力では不可能で、工場の天井クレーンを使わなければいけない。 「いやあ、汚いなあ。こんなにカーボンががっつり付いてるのも久しぶりに見たな」  荷台の下、親方がこちらを見上げるように立っていた。右手で腹をボンと叩き、カッカッカと声を出して笑う。クリーム色の作業着は、彼の大きなお腹で、今にもはち切れそうだった。 「そうですね。これだけ汚れていると掃除もかなり手こずりそうです」 「まあ、間違いなく燃焼が悪いんだろうな。今日中には何とか掃除を終わらせて、明日までに計測とカラーチェックを終わらせたいな」 「分かりました」  俺が言うと、親方はもう一度カッカッカと声をあげる。  ピストンはディーゼルエンジンの中で、最も燃焼にさらされる部品だ。そのため、燃焼によって生成したカーボンが付着するのは当然のことだ。しかし、燃焼が悪くなると、燃焼生成物も多くなり、こうやって大量のカーボンが付くこともある。 「親方は船で作業ですか」  俺の言葉に、親方は「ああ」と首を縦に振る。 「船の方でシリンダライナの掃除と計測やってくるから、こっちは頼むわ」  親方はそう言って、スタスタと工場の出口へ向かう。そして、外に止めてあった社用車に乗り込んだ。造船所の敷地内とはいっても、船が入渠しているドライドックと工場の距離はかなりあり、とても歩いて移動できる距離ではないのだ。そのため、造船所内の移動は大体が車になる。  親方がいなくなり、俺は作業を再開する。クレーンのリモコン、UPのボタンを押すと、天井にある電動機が音を立て始めワイヤーが巻かれていく。フックに吊られたピストンが荷台から浮き、わずかに揺れる。リモコンを操作して、作業場の方へと移動させる。ピストンが宙に浮いて工場内を移動する姿を見ていると、まるで大型のクレーンゲームでもやってるような気分だった。
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