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墓園の駐車場には、数台の車があるだけだった。きっと平日の昼間に墓参りに来る人も少ないのだろう。俺は車から降りて、あたりを見回す。桜の木が墓園を囲むように植えられている。膨らんだ蕾は、おそらく数日で花を咲かせるだろう。満開の頃には、もっと人も増えるに違いない。
ホールのような建物があり、その奥に丘があった。丘の斜面には、等間隔に灰色の墓石が置かれている。
「ここの墓園は、八つの区画に分かれているみたいです。神園雄一さんのお墓は、一番下のAブロックにあるらしいです」
大迫の目が、丘の方に向けられる。時折吹く風が、彼の前髪を揺らす。
「私は駐車場で待ってますから、いつでも声をかけてください」
そう言った大迫を残し、俺はなだらかな丘を登っていく。墓園にはまばらに人がいた。それぞれ墓石を拭いたり、じっと座って手を合わせたりしている。静寂の中で、それぞれが故人に想いを馳せていた。
ずらっと並んだ墓石、俺は一番下の列に沿って歩いていく。右奥から三番目、その墓石に書かれた名前を見つけ、立ち止まる。
神園雄一。彼に間違いない。ここに、彼が眠っている。また、胃袋が捩れるような痛みを覚える。
ここに来たのは初めてだった。行きたくなかったわけではない。俺がここに来る権利などないと思っていた。もし偶然に遺族に会ってしまったら、不快な思いをさせるに違いない。何より、神園雄一自身が俺と会うのを許さないだろう、そう思っていた。
墓の前に座り込み、手を合わせる。目を瞑ると、風に揺れる葉の音だけが聞こえた。
隼人は十年間あの事件と向き合ってきた。
恭子の言葉を思い出す。その言葉は、俺の胸に強く響いた。しかし、実際は違う。俺が工場で働き続けたのは、償いでも何でもない。ただ事件のことを考えないようにしたかったからだ。あの汚い工場で油まみれになって作業すれば、自分が罪滅ぼしをしているような気分に浸れた。辛い過去から逃げていただけだ。けれども、それではいけないことに気づいた。
神園雄一。その名前を忘れたことはなかった。毎日、もう会えない彼に、心の中で謝罪を続けた。俺に残された人生は、償いきれない罪に対して、終わらない罰を重ね続けるものだと思っていた。
「雄一さん」
口に出たその言葉は、震えてしまった。
「ずっとここに来れずにすみませんでした。あなたと向き合うのが怖くて、無意識に、ここに来るのを避けていたのかもしれません。今日は直接言わせてください。取り返しのつかないことをした俺を許せとは言いません。ただ謝らせてください。本当に、すみませんでした」
頭には色んな記憶が交錯する。あの時の雄一の表情、恭子の叫び声、工場で過ごした日々、そして、大迫から聞かされた仕事のこと。
「実は今、新しい仕事をしないかと言われています。俺を必要としている人がいるんです。俺みたいな人間が、引き受けて良いような仕事ではないかもしれません。でも、久しぶりに、誰かのために働きたいと思いました。俺の残りの人生を、俺を必要とする誰かのために働かせてくれませんか」
答えのない問いかけが、丘の上から吹き下ろす風に溶けていった。葉擦れの音だけが、俺の心を慰めるように響いていた。
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