日が昇らない世界

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 カーテンを開くと、窓から朝日が射し込んできた。暗かった部屋が照らされる。床には、洋服やゴミ袋が散らかっていた。ここのところ忙しくて、掃除もできていない。  視線を窓の外に移すと、青空が広がっていた。天気予報では、今日は終日晴れ、降水確率はゼロパーセントと言っていた。空気が澄んでいるのだろう、視線を遠くに向けると、マンションの間から山の稜線がうっすらと見える。  俺は部屋の隅にある姿見の前に移動する。ネクタイの結び目が歪な三角形になっていた。直そうとするが、なかなか上手くいかない。スーツを着るのはいつ以来だろうかと記憶を探るが、全く思い出せない。久しぶりとはいえ、ネクタイすら結べなくなった自分に呆れてしまう。  その時、テーブルの上にあるスマートフォンが鳴った。手に取って画面を見ると、恭子からの着信だった。俺は緑色の受話器マークに触れ、通話を開始する。 「はい、もしもし」  スマートフォンを耳に当てて、話しかける。すぐに「おはよう、隼人」と、恭子の明るい声が返ってきた。 「ああ、おはよう」 「今日はいい天気だね。気温もぐっと上がるみたいだよ」 「ああ、そうらしいな。もう春も近いかもな」 「ううん。来週はまた寒くなるらしいよ」 「そうなんだ。それはやだな」  恭子とは、毎日電話するようになっていた。もう結婚しているんだから止めた方が良いと言ったのだが、恭子の夫がぜひ電話した方がいいと言っているみたいで、断れなくなってしまった。 「今日、本当に行くの?」  しばらく世間話をした後、彼女が言う。その口調には、不安の色が滲んでいた。 「ああ、うん。決めたことだからな」 「そっか。分かった」  俺が何も言わないでいると、「無理しないでね」と彼女が続ける。 「何か私にできることがあったら言ってね。私は、何があっても隼人の味方だからね」 「ああ、ありがとう」  俺は電話を切った。暗くなった画面を眺めながら、ふうっと息を吐く。恭子の気遣いは、嬉しかった。しかし、俺は今日、やると決めたのだ。ふと、姿見に映る自分の顔が、目に留まる。青ざめていて、血の気がなく、まるで病人のようだった。  俺はボディガードの仕事を受けることにしたのだが、その代わりに大迫にある条件を出した。それを大迫に言ったとき、彼の表情から笑みが消えた。  俺が出した条件は二つだ。一つは俺が殺した男のお墓に行くこと。もう一つは、俺が殺した男の父親に会うことだ。
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