日が昇らない世界

9/13
前へ
/13ページ
次へ
 アパートの階段をゆっくり下っていくと、道路に黒い車が止まっているのが見えた。車の横には、大迫が手持ち無沙汰に立っている。 「大迫さん。おはようございます」  声をかけると、俺の姿に気づき、「おはようございます」と返してきた。その顔は、いつもよりも険しく見える。 「今日は僕のワガママのために、ありがとうございます。よろしくお願いします」  大迫に向かって、小さくお辞儀をする。 「いえいえ、そんな、全然構いません。それでは行きましょうか」  俺たちを乗せた車は、六車線の国道を進んでいく。道路は交通量が多く、大型のトラックが地鳴りのような音を立てて走っていた。 「本当に、行くんですか」  大迫が、弱々しい声を出す。その横顔にいつもの笑みはなく、曇った表情が浮かんでいる。 「はい。絶対に行きます」 「それは……」  しばらく間を置いて、「何のために?」と聞いてくる。 「行かなければ、前に進めない気がするんです。僕にとっては、避けて通れないことなんです」  そうですか。消え入りそうな声で彼が言う。 「まずは神園雄一さんのお墓に行きます」 「はい」  車の外の景色は、次第に建物が少なくなり、緑が増えてきた。お墓は街から離れた丘にあるらしい。 「ああ、あれですね」  百メートルほど先に、大きな看板があった。そこには墓園の名前が書いてある。  俺の頭にふと、あの事件の記憶がよぎる。  真っ暗な公園で、彼、雄一を殴り続ける俺は、憎しみに取り憑かれたように、その手を振り続けた。どれほどの時間が過ぎたか分からない。恭子に声をかけられて我に返った時、雄一はもう息をしていなかった。その顔は大きく腫れて、原型をとどめていなかった。自分の手が、一人の命を奪ったのだ。  その一連の光景が、頭の中でフラッシュバックする。急に、胃袋が掴まれるような気持ち悪さが込み上げる。 「すみません。止めてください」  俺の言葉に、大迫は血相を変え、慌てて車を路肩に停める。  俺は勢いよく車を飛び出し、倒れるようにしゃがみ込む。 「うっ、おええええ」  胃の中の物が吐き出され、道路脇の溝にぶちまけられる。吐き終わった後も、まだ胃袋が締め付けられるような感覚は消えなかった。俺は芋虫みたいに、その場にうずくまる。 「中山さん、大丈夫ですか」  いつの間にか、隣に大迫がいた。心配そうに俺の顔をのぞき込む。 「はい、大丈夫です。すみません」 「中山さん。もうやめましょう。中山さんの気持ちも分かりますが、これ以上は中山さんが壊れてしまいます。引き返しましょう」  俺は荒い息のまま、ゆっくり首を振る。 「俺は、行かないといけないんです。あの事件と、向き合わないといけないんです」  大迫は何か言おうとしたが、唇を噛み締め、小さくうなずいた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加