小話 春を告げる花  

2/2
前へ
/53ページ
次へ
「たく⋯⋯み?」  目の前からブリザードが吹いてくる気がした。  噛みつかれた。  がぶっと。 「ん!んーっ!!」  巧の唇から熱い舌が忍び込んでくる。  ゆっくり絡め合って吸い上げて、体中に熱い熱が走っていく。  お互いの唾液が口の端から零れて銀の糸になる。  体中から力が抜けて、口の中は嬲られるままだ。  キスで頭の中がぼうっとし始めた頃に、巧の唇が離れた。 「唯のばか」 「⋯⋯なんで」 「あいつの名前なんか出すな」 「ん」  だって多希は幼馴染じゃん、と言うのは止めた。 「⋯⋯巧、怒ってる顔もかっこいい」 「はあ?」  巧は本当に真っ赤になった後、いきなりおれから体を離した。 「唯、両手、出して」  おれは頷いて、両方の手のひらを並べて差し出した。  目をつぶるのはお約束。大抵、ぽんと、手の平に花が一つか二つ乗せられる。  ぱらぱらぱらぱら。  小さな花が、手の中に降ってくる。  目を開けたら、赤、白、黄色。  くるりと内巻きの花びらを持った花たち。 「これ⋯⋯なんて花?」 「クロッカス」 「クロッカスって、母さんがプランターに植えてた。何だっけ。春の花?」 「そう。1月31日。今日の花なんだ」 「え、巧。さっきまで作ってた中に、この花なかったよね?」 「今日、唯が来るから見せようと思って作っておいた」  サプライズかよ!!! 「あ、ありがと」  さすがに、照れる。  両手の中で咲く花たちはどこかで見たような形だ。 「百合と作り方は、ほぼ同じなんだ。花の巻き方が外巻きか、内巻きかってだけ」  花の一つを手に取って、巧が広げて見せてくれた。 「花言葉は?」 「え?」 「いつも教えてくれるじゃん」  途端に、巧の目がうろうろとさまよう。 「えっと、『青春の喜び』」 「それだけ?なんか、母さんが言ってたのと違うような。もっと⋯⋯」  なんだか追い詰められた感じの言葉だったぞ。 「後は、『切望』」 「あ、それ!」  巧が困ったような顔をしている。  ──切望。心から強く望む。 「たくみ?」 「俺は、心が狭い奴だなって思う。唯が他の奴に笑うのも、他の奴の名前呼ぶのも嫌なんだ。そんなこと言ってるの馬鹿馬鹿しいってわかってるんだけど」  ──俺だけを見ていてほしいんだ。  呟くような言葉に、心がぎゅっと掴まれる。  ばっかだな、巧。 「ずっと巧しか見てないじゃん」  花を胸に抱いたまま巧に寄りかかれば、額に口づけられた。 「ねえ、たくみ。巧の作る花はさ」  ⋯⋯おれへの気持ちなんだよね。  耳元で囁けば、巧がおれの体に手を回す。  普段、無口な巧が伝えてくれる言葉。  何度も柔らかく唇が重なる。    外はまだ冬の風が吹くけれど。  腕の中の紙の花たちが、あたたかな春を告げていた。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1317人が本棚に入れています
本棚に追加