1.恋う季節

1/1
前へ
/53ページ
次へ

1.恋う季節

「⋯⋯ほさか、保坂」  誰かが脇腹を突いている。  はっとして顔を上げたところに、黒板に板書していた現国の飯沢が振り向いた。 「今日やった句の中で、気に入ったものの理由と感想を次の授業までに考えておくこと。はい、今日はここまで!」  チャイムの音が鳴り響く。  ちょうど次は昼休みなこともあって、教室に解放感と賑やかな雰囲気が溢れ返る。  おれは、目をパチパチさせながら、隣の三好(みよし)に礼を言った。 「⋯⋯三好い、まじで助かったわ。愛してる」 「おま、冗談でもやめて。この時期、何がどう伝わるかわかんないんだから」  きょとんとした顔の俺を見て、三好は嫌そうに眉を(ひそ)めた。 「お前さあ、この学校にいいかげん慣れたらどうなの?ここは清涼学園よ?」  そんなこと言われても。  現国の飯沢は寝ていた生徒を発見次第、課題を出すので有名だ。しかも期限は、必ず次の授業までと決まっている。それを避けられただけでも、お前は今日のおれの愛を捧げるのにふさわしい男だと思う。  でも、この時期?  隣り合わせの机をくっつけて、弁当を広げながら聞いてみる。 「ねえ、三好。この時期って?」 「だーかーらー!来月はバレンタインだろうが!!」  三好の声が潜められた。 「ああ」  部活でバレンタイン、バレンタインと騒いでいるのに、普段の生活と結びつかない。  我が清涼学園高等学校は、お祭りやイベントが大好きだ。最近は、そわそわした雰囲気が学校中に漂っている。男子校だが、チョコを誰に渡すのもらうのと、堂々と語られるのも毎年のことだ。 「ただいまー!はー、相変わらず購買混んでたわ」  弁当を忘れた幼馴染の多希(たき)が、腕にコーヒー牛乳とパンを抱えて帰ってきた。 「お疲れ、多希」 「はいよ、余分に買って来た」  おれの目の前にぶら下がっているのは、白い紙に入ったパンの包み。 「あっ、生チョコパン!これなかなか手に入んないんだよね。ありがと!」  多希が当然のようにおれに手渡す姿を、ちらりと三好が見た。 「あ、三好も欲しかった?」 「いや、別に」 「三好、おれの半分やるよ。はい!」  パンを二つに割って、片方を渡す。  三好がぎょっとしたように、こちらを見る。 「え、なに?中のチョコは同じぐらいの量だと思うけど?」  俺は切り口を覗いて首を傾げた。  三好と多希が何か言いたげな顔をする。 「保坂さー、最近よく笑うよね」 「うん?ああ、愛想がよくなったってこと?最近よく言われるわ」  三好がありがと、と小声で言ってパンを受け取る。  そして、声を潜めた。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1316人が本棚に入れています
本棚に追加