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1.恋う季節
「⋯⋯ほさか、保坂」
誰かが脇腹を突いている。
はっとして顔を上げたところに、黒板に板書していた現国の飯沢が振り向いた。
「今日やった句の中で、気に入ったものの理由と感想を次の授業までに考えておくこと。はい、今日はここまで!」
チャイムの音が鳴り響く。
ちょうど次は昼休みなこともあって、教室に解放感と賑やかな雰囲気が溢れ返る。
おれは、目をパチパチさせながら、隣の三好に礼を言った。
「⋯⋯三好い、まじで助かったわ。愛してる」
「おま、冗談でもやめて。この時期、何がどう伝わるかわかんないんだから」
きょとんとした顔の俺を見て、三好は嫌そうに眉を顰めた。
「お前さあ、この学校にいいかげん慣れたらどうなの?ここは清涼学園よ?」
そんなこと言われても。
現国の飯沢は寝ていた生徒を発見次第、課題を出すので有名だ。しかも期限は、必ず次の授業までと決まっている。それを避けられただけでも、お前は今日のおれの愛を捧げるのにふさわしい男だと思う。
でも、この時期?
隣り合わせの机をくっつけて、弁当を広げながら聞いてみる。
「ねえ、三好。この時期って?」
「だーかーらー!来月はバレンタインだろうが!!」
三好の声が潜められた。
「ああ」
部活でバレンタイン、バレンタインと騒いでいるのに、普段の生活と結びつかない。
我が清涼学園高等学校は、お祭りやイベントが大好きだ。最近は、そわそわした雰囲気が学校中に漂っている。男子校だが、チョコを誰に渡すのもらうのと、堂々と語られるのも毎年のことだ。
「ただいまー!はー、相変わらず購買混んでたわ」
弁当を忘れた幼馴染の多希が、腕にコーヒー牛乳とパンを抱えて帰ってきた。
「お疲れ、多希」
「はいよ、余分に買って来た」
おれの目の前にぶら下がっているのは、白い紙に入ったパンの包み。
「あっ、生チョコパン!これなかなか手に入んないんだよね。ありがと!」
多希が当然のようにおれに手渡す姿を、ちらりと三好が見た。
「あ、三好も欲しかった?」
「いや、別に」
「三好、おれの半分やるよ。はい!」
パンを二つに割って、片方を渡す。
三好がぎょっとしたように、こちらを見る。
「え、なに?中のチョコは同じぐらいの量だと思うけど?」
俺は切り口を覗いて首を傾げた。
三好と多希が何か言いたげな顔をする。
「保坂さー、最近よく笑うよね」
「うん?ああ、愛想がよくなったってこと?最近よく言われるわ」
三好がありがと、と小声で言ってパンを受け取る。
そして、声を潜めた。
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