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3.結城
おれは、結城と初めて会った時のことを思い出した。
「家政部なんて、女子の部活だろ?」
委員会が終わった教室で、結城に向かって嘲笑するやつがいた。
「じゃあ、これを食ってから言ってみろ」
部活に行こうとしていた結城が、手にした紙袋から小さな焼菓子を出す。笑いはしないけど、内心ではおれも似たようなことを思っていた。目が合うと、黙って菓子が渡される。口にした途端、おれの偏見は吹き飛んだ。
「何これ?めちゃくちゃ美味い」
思わず叫ぶと、結城がにやりと笑う。
「そうだろ。好きなことやるのに、性別なんか関係ないんだよ」
家政部には、パティシエ志望者はもちろん、既にコンクールで入賞経験のある者までいるらしい。料理班だけでなく、手芸班にはSNSで密かにハンドメイド作家として顧客が付いている者もいるとか。部員のやる気とレベルの高さが、家政部の売りなんだそうだ。
一昨年からは、バレンタインチョコの受注を請け負うようになった。これが校内で大ヒットし、毎年予約数を順調に伸ばしている。
「我が家政部は、今年、限定300個の注文を受けました。予約開始後、1時間でオーダーストップ。一昨年、昨年と好評だった実績を踏まえ、総力を挙げてチョコ作りに取り組む所存です。皆さんには、ぜひ、そのパッケージのデザインをお願いします」
結城が、美術部員の前で挨拶している。
元々、風に吹かれる撫子のような繊細な美貌の持ち主だ。前に立つ姿を見るだけで、部員の間にため息が漏れる。
だが、次の言葉に皆がはっとした。
「何より、清涼らしさを出してほしい」
部員たちが、一斉に騒めく。
清涼らしさとは、何なのか。
おれは、結城の後に部員たちに伝えた。
「⋯⋯というわけだから、各自色々なアイデアを出してほしいんだ。デザインだけでなく、実際に何を使うか。紙、布、他にも色々あると思う。細かいことは家政部と打ち合わせていこう。家政部の手芸班も手伝ってくれるから」
折角、同じ高校のおれたちに頼んでくれたのだ。一緒にいいものを作りたい。
挨拶を終えた結城を廊下まで見送ると、手に持っていた紙袋を渡してきた。
「⋯⋯さっきは、思わず怒鳴っちゃってごめん。つい、かっとして」
「お前もいろいろ大変だよねえ。まあ、御園はバカだけど悪気はないからさ」
「ありがと、保坂。これ、俺が作ったチョコなんだ。よかったら、皆で食べて。少しでもイメージ作ってくれたら嬉しい」
結城に礼を言って、見送る。
甘い香りのする袋を覗くと、白い簡素な箱が入っていた。
1年の弥彦が、先ほど口に出した言葉を思い出す。
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