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4.弥彦
「⋯⋯あの。パッケージデザインなら、御園先輩が得意分野ですよね」
弥彦の言葉に深い意味はなかった。デザインと聞いて浮かんだことを口にしただけだと思う。でも、即座に反応した結城の言葉は厳しかった。
「──あんなクズに頼んだら納期なんか守るわけがないだろう!」
可哀想な弥彦は、蛇に睨まれた蛙同然。思わず結城の肩を叩いて取り成した。
御園は、うちの美術部員で結城の恋人だ。垂れ目垂れ眉の気分屋。自分の好きな事しかしない男。
そういや御園の姿、ここ最近見てないな。さっきの結城の態度からすると、また喧嘩したのかな。
部室に戻って箱を開くと、まるで宝石のように艶やかなチョコが並んでいた。部員たちから、一斉に歓声が上がる。
「これでイメージ作ってくれって。あいつ、怖いとこあるけど優しいよね」
見た目と中身の差が激しすぎるんだよなあ。
イーゼルを倒さないように注意しながら、部員の間を歩く。
ちょっと元気のなさそうな弥彦は、両手に画材を持っていた。
「はい、弥彦、口開けて」
ぱかっと開けた口に摘まんだチョコを入れると、びっくりしたように目を見開く。美味しい、と呟く後輩に満足して、俺はチョコを配り歩いた。
家政部にデザインを渡す最終期限が近づいていた。集まったものは、既に結城に渡してある。
自由参加の企画ではあるが、皆、積極的に参加してくれている。冬休み中に何点も考えた者もいて、休み明けの部活は大いに盛り上がった。
一応、御園にもLINEを送っておいた。あの調子だと、結城から連絡が入るかすら怪しかったから。
昼休み、巧からLINEが入る。
「部活なくなった。今日、一緒に帰ろう」
口数少ない巧のメッセージは短いものが多いけど、最近は少しずつ長くなってる。あと、用事だけじゃなくなった。
「今、何してる?」とか。
そんな言葉が何だか巧じゃないみたいでくすぐったい感じがするんだけど、すごく嬉しい。
LINEを見ながら、俺はペンケースを見て微笑んだ。
おれのペンケースには、巧の作った百合の花が入っている。
先日、巧の部屋に遊びに行った時に、作り方を教えてもらった。流石に巧ほど器用には出来ないけど、丁寧に教えてもらってコツをつかめたんだ。
「すっませーん。保坂センパイいますかぁ?」
鼻から抜けたような感じの発音で名前を呼ばれる。
「え、おれ?」
教室の入り口の前で、叫んでいるやつがいた。廊下に出ると、じいっとおれの顔を見つめてくる。
デカい。見上げると、なかなかのイケメンだった。凛々しい眉に切れ上がった瞳。茶色に金が入った長髪は肩の少し下。耳には穴が幾つも空いてる。ネクタイからすると1年だ。
でも、全く見覚えがなかった。
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