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5.佐田
何の用?と言う前に、「ちょっと、いいすか」と腕を取られた。
元々力の強くない俺は、ガタイのいいやつに引きずられるようにして中庭まで来た。
「俺、1年の佐田って言います」
「うん」
じっと見つめられて、思わずこくんと頷く。
「これ、よかったら食べてください!!!」
そう言って、いきなり紙袋を差し出して深々と頭を下げられた。
「えっえっ、これ⋯⋯?」
「お願いしまっす!!!」
目の前の光景にわけがわからなくなる。
上半身と下半身がきれいな直角の形だ。
TVドラマで見た、ヤンキーの謝罪ポーズみたいだけど、初めて会った奴に謝られる意味が分からない。⋯⋯いや、お願い?
「ちょっと、いきなり言われてもさ、これ⋯⋯」
そこまで言ったところで、キーンコンカーンコンとチャイムが鳴った。
「いっけね、次、体育!じゃ、先輩、これ!!」
俺に紙袋を押しつけて、佐田は走って行ってしまった。
残された俺は呆然として、誰もいない中庭を見る。
「ゆいー!次、第一理科室!!」
聞きなれた幼馴染の声に振り向けば、校舎の窓から多希が手を振っている。次の授業は別棟の端だったことを思い出して、紙袋を掴んだまま慌てて走り出した。
放課後、紙袋の中をそっと覗くと、中にはホールのチョコケーキが入っていた。
ふわふわ甘い系じゃない。わりと重厚なタイプのクラシックショコラ、ってやつだ。
ざっくり焼いたタイプのケーキで、特に飾りつけはなく、上から粉砂糖が振られている。
甘く香る見事なケーキに、俺は動揺した。
昨年のバレンタインで、うちの高校は男同士でもチョコのやり取りをするんだな、とびっくりしたけど俺がもらったわけじゃない。
なぜか、誰にチョコをあげるのか?と、あちこちで聞かれたけれど。
これは、初めて男からチョコをもらったってことになるんだろうか?
多希が俺の手元を覗き込む。
「なにこれ?チョコケーキ!?」
「もらったんだ」
「へ?誰から?」
「1年の佐田ってヤツ」
「⋯⋯もしかして、昼休みに中庭にいたやつ?」
三好が脇から顔を出した。
「1年の佐田って家政部の?ほら、高校生なのにパティシエに交じってコンクールで入賞したって噂になってた」
⋯⋯ああ、じゃあ、結城と同じか。急に、俺の中で疑問が晴れた。
「急に食べてくれって言うから何かと思った。パッケージデザイン考えてるから、これ食べてイメージ作ってくれってことなんだな」
「ん?んん???」
「そうなの?」
三好と多希が、顔を見合わせた。
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