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7.痕
息が苦しくて、涙が浮かぶ。
「ゆい」
巧が目を瞠って、手首を掴んでいた力を緩める。
おれの手から、ばさりと紙袋が落ちた。
はっとして、袋を拾った。よかった。中身は転がらなかったし、大丈夫だ。
巧を見ると、黙っておれから顔を背けた。
──どういうことなんだよ。
「唯は、何もわかってない」
巧の低い声だけが、公園の暗闇に響く。
「何もわかってないって?それ、どういうこと?」
久しぶりに会って、一緒に帰れた。巧に会えて嬉しい。そう思っていたのに。
「おれ、何か変なこと言った?悪いけど、巧が何を言いたいのか、ほんとに全然わかんないよ⋯⋯」
巧は黙ったままだ。
こんな時の沈黙は、恐ろしいほど重い。
巧は元々あまりしゃべらないし、おれはメンタルが乱れた時ほど余計なことを言ってしまう。そう思ったら、急に何を言ったらいいのかわからなくなる。
その後は、最悪だった。
二人で何も言わないまま、黙って家まで歩いた。ちらりと横を見ても、巧は下を向いたままだ。
どうしていいかわからなくて、家の前まで来て、なんとか顔を上げた。
「じゃ⋯⋯」
巧がわずかに頷いたような気がする。こちらと目を合わせることもなく背を向ける。
暗闇の中に消えていく後姿を見送りながら、おれは気力を振り絞って家のドアを開けた。
「唯、お帰り!手ぇ洗ってきてー!!」
元気な母の声を聞いた途端、声が出た。
「た、ただいま」
夕飯はいらないと言ったら心配されるから、食べてきたと嘘をついた。
「もー!そういう時は連絡しろって言ってるでしょ!!」
「うん、ごめん」
部屋に入るなり、どっと力が抜けた。
──なんで。
──どうして。
小さくため息をつきながら唇に指をあてれば、巧の唇の感触が浮かぶ。少し乾いた、厚めの唇。いきなり絡められた熱。痺れるようなキスを思えば、体が震えた。
ベッドに手をつこうとして、手首がずきりと痛む。見れば、くっきりと巧に握られた痕がついていた。少し動かしただけで痛い。何だか胃まで、きりきりと痛みはじめる。
⋯⋯こんなの、久しぶりだ。
じわりと浮かびそうになる涙を、胃の痛みが打ち消す。指でごしごしと目を擦った。
「⋯⋯もらったケーキ、冷蔵庫に入れなきゃ」
昼休みの佐田の姿がおぼろげに浮かぶ。デザインを考える気力はもう、どこにもなかった。
翌朝。
死にそうな体をなんとか起こして学校に来た。
教室に入れば、三好がぎょっとした顔で俺を見る。
「保坂、なに、その顔色!どしたの?」
「ちょっと⋯⋯。胃の調子が悪くて」
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