8.パンジー

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8.パンジー

  「今にも死にそうじゃん!昨日はすごい元気だったのに。そういえば、昨日の1年のケーキ、どうだった?」 「美味しかった、と思う」 「思う?」  部活に持っていくために切り分けていたら、興味津々な母親が味見して絶叫した。  おれも一口食べたけど、胃の痛みが先に立って、よくわからなかったんだ。 「まあ、胃が痛いんじゃそれどころじゃないかもな」  登校してきた多希が、話の輪に入ってくる。 「ゆい、その手首どうした?」  「ちょっと痛めちゃって⋯⋯」  朝になっても痕が消えていなかったから、あわてて救急箱にあったサポーターをつけてきた。 「大丈夫か?」 「ありがと。平気」  ぽんぽん、と慰めるように軽く触れられた背中が温かかった。  部活に持参した佐田のケーキは大好評だった。 「うめぇええ!!!」 「なにこれ!その辺のケーキ屋より断然うまい!!」  群がる部員たちが喜んでケーキを頬張る様子に、少し心が上向く。 「あと少しで、家政部に出すデザインも最終締め切りだ。結城や佐田の気持ちを大事にしていこうな」  声を掛ければ、うおおおおと雄叫びのような声が上がった。 「保坂先輩、描いてきました」  1年の弥彦がデザイン画を出してくる。 「弥彦、これ⋯⋯」  思わず顔を上げると、弥彦が緊張した顔をしている。  真っ白な紙の左下に、淡いパステル調のトーンで描かれたハートが一つだけあった。  対角線上に花が一輪、同じように咲いている。  弥彦はこれまでにもいくつかデザイン画を出してきたが、今までのものとは、全然違う。  食い入るように眺めていたら、部員たちが集まってくる。 「おお?シンプル―!」 「やひこー!今までのと全然違うじゃん!!」  弥彦が頷いて、心配そうな声を出した。 「箱の真ん中あたりでリボンを結ぶと右上に花、左下にハートがきます。今まで、いくつも賑やかなデザイン描いてて、それが清涼らしいかなって思ったんですけど」 「⋯⋯けど?」 「なんか、⋯⋯真面目に伝えたい奴の気持ちを応援したいなって思ったんです。こんなお祭り好きでオープンな学校でも、イベントとして楽しんでる奴ばかりじゃなくて、この日に賭けてる奴もいる。意外と真面目なのも多いから」  一瞬、周りがしんとなった。  バレンタインに賭ける気持ち。   「この花さ⋯⋯」  ハートと同じようなパステル調で、よく見かける花が描かれていた。 「パンジーです」 「花壇やプランターによく咲いてるやつだよね」 「はい。パンジーってヨーロッパでは恋のお守りなんだそうです。花言葉は『私を想ってください』」  弥彦のデザインから目が離せなくなった。
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