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2.最悪
思わず机に突っ伏すと、数学の高木が「保坂!この問題解いてみろ!!」なんてぬかす。
「せんせぇ」
おれはゆらりと立ち上がった。
「気分悪くて死にそうなので、早退します」
多希やクラスメートの視線が一気に集まるのを感じたけれど、それどころではない。
悪いけど、辛さに耐えて一日中、学校にいるの無理。
さっさと荷物をまとめて、教室を出た。
グラウンドでは他のクラスがサッカーをやっている。ふっと視線を向けた先に巧がいた。
巧がパスを出して、他の奴が上手く合わせてシュートを決めた。わっと歓声が上がる。
巧の輝くような笑顔を見て気づいた。
ああ、ずいぶんあんなふうに笑う顔を見てなかったな。おれの大好きな笑顔。
試合終了の笛が鳴り、同時に授業終了のチャイムも鳴った。
巧たちが移動するところに、1年の集団がすれ違う。
その中で、小柄な一人が巧に声を掛けた。二人は立ち止まり、笑顔で話し込む。
その1年が朝のあいつだと気づいた時、おれの吐き気は最高潮に達した。
「やば⋯⋯」
その場で吐くわけにもいかない。
グラウンド脇のトイレに向かおうと、ふらふらと歩き始めたら、「唯!」と声がする。
「多希⋯⋯」
「大丈夫か?おまえ、すごい顔色!」
「きもちわるい⋯⋯」
「ああ、どうする?トイレ行けるか?それとも保健室?」
多希に支えられて、なんとかトイレに向かう。個室で少し吐いたら、楽になった。
その間、ずっと多希は背をさすってくれていた。
「ごめん、汚いもの見せて」
「それどこじゃないだろ」
口をゆすいで手を洗う。
「多希、もう大丈夫だから」
「先生にはおまえを送るって言ってきた。おばさんたちにも連絡したから」
気が回る幼馴染と言うのは、いいものだ。
おれと違って、何でもそつなくこなす多希は、うちの親に信用がある。
「一緒に帰ろう」
優しくそう言われて、涙が出そうになる。心がじんわりと温かくなった。
家の前で多希に礼を言う。
多希はずっと、おれの分の鞄を持ってくれていた。
「多希、ありがと」
そう言って鞄を受け取る時に手と手が触れた。
「多希の手、あったかいな」
「⋯⋯お前の手が冷たすぎるんだろ」
「そうかな」
多希がぽんぽん、と肩をたたいた。
自分のベッドに寝転がって体を伸ばすと、だいぶ楽になった。
そのまま眠ってしまったらしい。
目覚めた時は真夜中だった。スマホを見ると幾つもLINEが入っている。
部活の友達、多希、それから。⋯⋯巧。
ドキドキしながら開ける。
「ごめん、明日も先に行く」
見た瞬間、おれは、スマホを思いきりベッドに投げ付けた。
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