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9.青いハート
「色は?」
「実は、ずっと迷ってて」
弥彦は、2枚の色付きのデザインを出してきた。
単色で、赤いハートには赤いパンジー。青いハートには、青いパンジー。
「青だとホワイトデーっぽいけど、俺は青がいいなって思うんです。青いハートには揺るぎない愛、青いパンジーには純愛って意味があるから。⋯⋯重いですか?」
「おれは、すごくいいと思う。リボンの色を変えたっていいし、使う紙や素材によっても感じは変わるだろ。それに、清涼らしさは、他と同じ必要はないってことだ」
青いハートだからホワイトデーと決めたものでもない。
部員たちも頷いた。
「このまま、結城に渡そう。ハートと花のメッセージも添えて」
「はい!!」
弥彦の瞳が輝く。
おれは、紙に描かれたパンジーを見つめていた。
──私を想ってください。
その言葉が耳の奥から離れない。
「保坂センパイ」
茶に金の入った髪のイケメンが、教室の扉からのぞく。
佐田だ。ケーキの礼を言わなくては。
クラスメイトたちの視線が自分に向くのがわかる。
廊下に出れば、佐田が大きな体を縮こまらせるようにして立っている。
中庭に行こうと話しかけたら、頷いて付いてきた。
「この間は、ケーキをありがとう。こっちから礼を言いに行くべきなのに、ごめん」
「⋯⋯あ、はい。えっと」
目が合うと、佐田はうろうろと視線を動かす。
よく知らない先輩と二人きりで話すのは落ち着かないのだろう。
「ケーキ、すごく美味しかった」
「あ、ほんとっすか!!!」
佐田の顔がぱっと明るくなった。頬に赤みがさしている。
「うん。美術部員みんなで食べさせてもらった。おかげですごくやる気が湧いたし、皆のデザインも増えたんだ」
「え?⋯⋯えっと、それは」
「結城に後で渡しに行こうと思ってるんだけど、ぜひ、佐田にも見てほしい」
佐田が口を開けたまま目を丸くしている。
「どうした?」
「⋯⋯お、俺の名前」
「佐田、だろ?この間言ってたよな」
「は⋯⋯い!はいぃ!!」
目の前の男は真っ赤になっていた。ぶるぶる震えている。大丈夫なんだろうか。
「えっと、ごちそうさまな」
「⋯⋯ぁざっす⋯⋯」
下を向いて今にも崩れ落ちそうな佐田が心配で、顔を覗き込む。それでも佐田の方がデカいので下から見上げる感じになる。羨ましいな、高身長!
目がばちっとあった瞬間。
佐田は、急に回れ右をして、脱兎のごとく駆け出した。
校舎の中に駆け込む姿を、おれは呆然と見送った。
あれは一体、何だったんだ⋯⋯。
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