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10.浮気
おれは知らなかった。
中庭ってのは、暇な清涼生たちの注目を集めやすい場所だということを。
数日前に佐田から紙袋を受け取ったことも、今日、佐田が真っ赤になって走り出したことも。あっと言う間に学校中の噂になっていたことを。
「保坂」
「御園」
放課後の美術室で、久々に現れた御園に仰天する。
クラスも離れているから、部活で会わなければ音信不通だ。こいつはLINEで連絡しても、既読スルーが定番なのだ。
「⋯⋯お前、生きてたのか」
「おかげさまでな。ところで」
垂れ目が珍しくきりっと引き締まり、きっぱりと言った。
「浮気はよくないと思う!」
「⋯⋯お前にそんなことを言われるなんて!」
「俺はいつだって、操一筋だ」
「お前と結城の話なんかどうでもいいんだよ!う、浮気って⋯⋯」
「家政部のやつと噂になってる」
「家政部?」
「1年の。ほら、パティシエ」
「え。もしかして、佐田のこと?」
御園が憐れむように言う。
「神が気の毒になるな。今日も全然、昼メシ食えてなかったぞ」
そういや、御園は巧と同クラだった。
「御園、ちょっと!」
御園の襟首を無理やり掴んで、美術準備室に連れ込んだ。
「なんで、巧が気の毒なんだよ。わけがわかんないし、痛い目見てるのはこっちだ!!」
サポーターをはがして御園に見せつけると、御園は目を見開いた後、ふうとため息をついた。
「保坂さあ、折り紙の花折る時、どんな気持ちか考えたことある?」
「⋯⋯花?」
「そ。お前、神からもらうばっかで、自分で折ったことないだろ」
「⋯⋯た、たまにはある!お前を手伝ったこともあるだろ!!」
「その恩、今返すわ」
やたら冷たい御園が、おれの耳元で囁いた。
──家庭科室に行け。
おれは、廊下を走った。
賑やかな声が聞こえる。後ろの入り口からそっと覗くと、結城と家政部の部員たちが熱心に話し合っているのが聞こえた。
「美術部から、たくさんデザインを受け取りました。その中で、立体的なイメージにしたらどうかと、いくつか頼んで作成してもらったものがあります」
「うわっ!ちっさ!!すっげー」
「これ、実際にリボンに付けたらイイかも」
「あ、それサンプルだけど、後で返さなきゃいけないから大事にね」
──あれは。
おれは、思わず教室の戸に手をかけた。
結城の持っていたのは⋯⋯紙の花だった。
「あれ、保坂?」
「結城、それ⋯⋯」
結城が俺に向かって歩いてくる。
「手伝ってもらってるの、保坂には内緒だって言われてたんだけどな」
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