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3.不機嫌
「怒ってる?」
「⋯⋯怒ってない」
「機嫌悪い??」
「⋯⋯唯、言ってること同じだよ。別に、機嫌は悪くない」
期末試験が始まって、久々に巧と同じ時間に毎日帰れる。おれの心は、それだけで舞い上がっていたのに。巧ときたら、校門で待ち合わせて顔を見た時から、少しも目を合わせない。
「巧さ、普段からあんまり話すほうじゃないけど」
「⋯⋯」
「結構、思ってることが顔に出るよね」
傘を並べて歩きながら話すと巧の顔はよく見えない。それでも今日の巧はおかしかった。
「⋯⋯何かあったの?」
立ち止まって巧を見ると、こちらを見て眉を顰めている。
巧は小さくため息をついて、先に立って歩き出した。後ろも見ずにどんどん歩いて行くので、慌てて後を追う。
「巧! ちょっと待って!!」
いつもと違う通りの、昔からある商店街に入っていく。巧は中でも、一軒の店の扉を開けた。小さな花屋だった。
入り口には可愛らしいブーケや切り花が、束になって飾られている。鉢植えは色取り取りで、今の季節の紫陽花が、とりわけ華やかに咲いていた。
エプロン姿の若い男性がひょいと顔を出した。
「あ、巧くん! 待ってたよ」
「こんにちは。お願いしてたやつ取りに来ました」
巧の後ろでおれが頭を下げると、にこにこと笑いながら男性は言った。
「おっ、巧くんの友達? きれいな子だねえ! あれ、男の子なの?」
「⋯⋯うち、男子校なんです」
「ああ! そうだったね。たしかに清涼は男子校だった!」
あははは! と陽気に笑いながら、男性はカウンターに一つの鉢植えを置いた。
「⋯⋯わあ!」
そこに置かれていたのは、見事な朝顔の鉢植えだった。
真っ白な朝顔の花がいくつも咲いている。くるくると支柱に絡まっている蔦も葉も生き生きとしていた。
「きれいに咲いてるだろう?」
「うん、すっごくきれい! 白い朝顔ってあまり見たことないです。青や紫ならよく見るけど」
「そうかもしれないなあ。小学生の時に、朝顔の観察やった?」
「やりました! 夏休みの宿題にもなってた!!」
男性は楽しそうにうんうんと頷いて、白いビニール袋に鉢植えを入れる。
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