3.薔薇

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3.薔薇

 翌朝、鏡の中の顔は最悪だった。  目の下には隈が出来てるし、つやの無い肌は土気色だ。  おれの顔を見た母親が、「ひっ!」と叫ぶ。  いつもは学校に追い出そうとするのに「休んだら」と言ってきた。  あー、もうほんと休みたい。  食欲もないので、朝食はスープだけ飲んだ。  ピンポーン!とインターホンが鳴る。 「あらぁ、多希君、悪いわねえ」  母の弾んだ声がする。 「唯人(ゆいと)、多希君、迎えに来てくれたわよぉ!」  幼馴染のお迎えなんて、いつぶりだよ。  さっきまで、休んだら?なんて言ってたのが嘘のように母に急かされた。 「すげー顔」  からかうように言うけれど、心配してくれてるのがわかる。 「唯人、強そうに見えるのにメンタル弱いんだよなあ」 「それは、母さん譲りのこの顔のせいだろ」 「ははは、それいえるー!」  おれの顔は目が大きいが、つり目気味。眉は細いが凛々しめ。きっぱりした口調と相まって強気にみられることが多いのだ。  昔から変な誘いが多かったから、はっきり答えるようにしてきただけなんだけど。  教室で机の中にスマホを入れようとすると、何か手にあたった。 「⋯⋯花?」  折り紙で作った薔薇だ。2センチぐらいの。丁寧で細かい作りだった。  机の中を見てみたが、その1個だけだった。  実は、おれは小さなものが好きだ。小さくて可愛いものやきれいなものには目がない。  親指と人差し指でそっとつまんで、透明なプラのペンケースの中に入れた。 「ぶんかいいーん!」 「はい」 「今日の会議、昼休みに変更になったから!すぐに会議室行って」  文化祭に向けての委員会活動が大詰めを迎える季節。  おれは文化祭の実行委員として真面目に活動していた。  元々美術部だから、文化祭は大事な目標の一つ。  春にクラスで委員に推された時も、まあいいかな、と思ったぐらいだった。  もう一人の委員の三好(みよし)と、早めに食事を終えて会議室へ向かう。  コの字型に並べられた机。2年の席は廊下側だった。次々に入ってくる生徒に目を止める。 「⋯⋯たくみ」  同じクラスの子と肩をたたき合ってふざけている。  おれの視線に気づいたのだろう。巧がおれを見てはっとする。 「始めまーす!」  3年の議長の一言で、委員は皆、割り当てられた席に着いた。  巧とおれは同じ並びだが、間には何人も生徒がいた。  同じ空間にいるのに、ひどく遠い。 「⋯⋯さか。保坂」 「なに、三好」 「ねえ、顔色悪いよ。ここは俺が聞いとくからさ、保健室行ったら。昨日だって早退したじゃん」  そんな、だろうか。三好の方に顔を向ければ、巧の端正な顔が目に入る。  目の前が真っ暗になりそうだった。
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