1291人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
4.好き?
「はい、巧くん! 今日はお代はいいから」
「えっ、でも、悪いです」
「いつも贔屓にしてもらってるからね。いいもの見せてもらったし」
「いいもの?」
思わず漏らすと、男性はおれだけに聞こえるように声を潜めた。
「巧くんはよくお家のお使いで来てくれるけど、自分から花を頼みに来てくれたことなんてないんだよ。あんな顔も見たことないし、今日は特別!」
「⋯⋯特別」
振り返ると、巧は少し眉を上げて怒ったような顔のままだった。
「ねー、巧。おなかすいた」
花屋を出てから、二人で商店街を黙々と歩く。雨は段々上がってきて、空も明るくなってきた。巧の足がぴたりと止まる。
「何か食べて行こうよ。もうお昼過ぎてるし」
目の前にファーストフードの赤と黄色の派手な看板が輝いている。巧の鼻先に思いきり顔を近づけて見つめると、巧は仕方ないとばかりに頷いた。
窓際の隣り合わせの席で、外を見ながら座った。向かい合わせだと何だか気まずい気がしたから。巧が怒っている理由が、さっぱりわからない。
バーガーとポテトを食べて、隣の巧をちらちら眺める。
巧は顔もいいし、食べ方もきれいだ。バーガーを包んでいた紙をぐしゃぐしゃに潰さずに長い指できれいに畳む。その姿に見とれて呟いた。
「巧の、そういうとこ好き」
巧はぴたりと動きを止めた。
「⋯⋯俺は、唯のその素直なとこが」
「素直なとこが、なに? 好き?」
うっ! と呻くのが聞こえたが、構わずに続けた。声だけは潜めて。
「⋯⋯好きでしょ?」
巧が黙ってるから、だんだん悲しくなってきた。
折角久しぶりに会って、一緒にご飯食べてんのに、何で怒ってんだよ!!!
泣きたいような、叫びたいような気持ちになって、鼻の奥がツンとする。
おれはうつむいたまま、だいぶ残っているオレンジジュースをちびちびとすすった。
最初のコメントを投稿しよう!