4.鶴

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4.鶴

   「うん、ごめん」  おれは出来るだけ音をたてないように、そっと席を立つ。後ろの方の席で良かった。  気づいた議長たちにぺこりと頭を下げて、廊下に出た。  外に出た途端に胃がきゅっと痛む。  おれ、こんなに弱い人間だったか。  なんだか情けなくなってきた。  保健室に行くと、おっとりした養護教諭がにっこり笑って迎えてくれた。  うちの高校は男子校なので、養護教諭も男だ。  男は男同士の方が、思春期の悩みも話しやすいだろうと言うことらしい。 「あらー、保坂君。美人が台無しだねえ」  美人って、言うな。そう軽口を返す元気もない。 「まあ、座って」 「⋯⋯先生、胃が痛い」 「うーん、顔色悪いしねえ。話していく?寝ていく?」  この先生の良いところは、あれこれ詮索しないことだ。  おれは、話す方を選んだ。  最近、うまく眠れないことと、特定の人物に関わると胃が痛くなることを告げた。 「まあ、それはたぶんストレスだよねえ。保坂君はさ、その子とどうしたいの?」 「おれ?おれは⋯⋯」  黙り込んだおれに、先生は優しい瞳を向けていた。  結局、話しただけではなく寝てしまった。起きたらもう、放課後。  夜に寝られなかった分だけ、ぐっすり眠った。  体はだいぶ楽になっている。  教室に戻ると、多希がおれの机のところにいた。 「唯、今、鞄届けようかと思ってた!」 「ありがと、多希。おれ、今日は部活行くから。お前も部活あるだろ」 「三好から聞いたけど。体、大丈夫なのかー」 「うん、もう平気」  鞄を受け取ると、多希は自分の部活に向かった。  念のため、机の中を覗き込む。 「え?」  奥に、小さなものが見えた。手を伸ばして探ってみる。 「⋯⋯鶴」  2センチぐらいの小さな鶴があった。 「薔薇と、同じぐらいだ」  一体、誰が⋯⋯。  教室を見回すと、もう誰もいなかった。  あの日以来、気がつくとおれの机の中には、小さな折り紙が入っている。  薔薇、鶴、百合、ダリア⋯⋯。花が多いので、集めると華やかだ。  専用に透明なプラケースを買いに行った。  ケースの中で咲く花を見ると、胸にうずく痛みが消えるような気がした。  巧とのLINEは、どんどん少なくなった。  元々おれはこまめに返信する方じゃない。だけど、巧からのLINEは「ごめん」や「用がある」ばかりだ。何と返事したらいいかわからなくて、スタンプばかり返していた。  そのうちに、開く気もなくなっていた。  学校で会っても、ろくに目を合わせることもない。  元々クラスが離れてるから、自分から行かなければ会うこともないんだ。⋯⋯前は巧から来てくれたけど。  考えていると、ため息が出てくる。  こんなの、もう付き合ってるって言わないじゃないか。
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