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5.ガーベラ
「保坂先輩!」
「は、はいっ!」
「危ないですよ、落ちそう」
校門前に設置する看板を持ちながら、1年の弥彦が言う。
「あっ、ごめん!」
文化祭に向けて、美術部員は、連日準備に励んでいた。
今は、看板のベニヤ板を置く位置を確認に行くところ。
大きなベニヤに突貫工事で描いたとは思えないほど、今年の看板は出来がいい。
弥彦は美大進学を目指しているだけあって、主体になって制作に励んでくれた。
「わるい、ぼーっとしちゃって」
「先輩、最近調子悪いみたいですけど無理しすぎじゃないですか」
「えー、そんなことないよ」
何かに集中していた方が、気が紛れていい。
家に帰ってすぐに寝てしまえば朝が来る。
「ん?」
弥彦が屈んで廊下にあった何かを拾った。
指先には、小さな折り鶴があった。
「あ、ごめん。それ、おれの」
最近ではお守りのように、スマホカバーに挟んでいる。
「え、ちいさっ!!⋯⋯あれ、これ?」
「え?」
「いや、最近どっかで見たような気がして⋯⋯思い出せないなあ」
すみません、と言いながら鶴を渡される。
おれは、そっとカバーに挟み直した。
「はい、もう全員下校―!!」
最終下校のチャイムが鳴り響く。
あちこちで、ぎりぎりまで文化祭準備にねばる生徒たちを教師たちが追い出しにかかる。
階下に降りて、下駄箱を開ける。ぽろりと赤いものが落ちた。
「ばら⋯⋯いや、これは。ガーベラ」
机の中じゃないのは珍しい。
折り紙がたまるにつれて、自分でも折ってみようと思ったことがある。
ネットで色々見た中でも、気に入ったのはガーベラだった。
でも、普通サイズのものでも、慣れない指には難しい。
手の平で咲く小さな花に思わず微笑む。
胸の中まで温かくなるような気がした。
校門に向かうと、他にも下校する生徒たちで混雑している。
目の前に見慣れた後姿が見えた。
たくみ。
動悸がするのと胃が痛くなるのが同時だった。
ポケットに手を入れると、ガーベラが手に触れる。
⋯⋯大丈夫。だいじょうぶ。
大きく息をつく。
「保坂先輩!」
弥彦たちが追いかけてきた。
「そこまで一緒に帰りましょ!!」
頷いて前を見た時。おれを見つめる巧の姿があった。
「⋯⋯ゆい」
名前を呼ばれたのが久しぶりすぎて驚く。
「今、帰り?」
「あ、うん。美術部で最後の追い込みだから」
「そっか」
それから、巧は弥彦たちに向かって言った。
「悪い。俺たち、一緒に帰るから」
え⋯⋯え???
弥彦たちは何かを察したように、ぺこんと頭を下げた。
「はいっ!お疲れさまです!!」
「先輩、また明日!」
早足で帰る後輩たちを驚いて眺めていたら、巧が近づいてくる。
「帰ろう、唯」
「うん⋯⋯」
かさり。指先に触れる紙の花。
ポケットでガーベラが励ましてくれる。
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