♢バーにて

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その時、脳内の変換を遮るように突如として甲高い音が店中に響いた。 音は同じトーンを反復し、脳内で鈍く響いている。 予期せぬ音に、思わず身体が飛び跳ねかけた。 女は突然怯えた顔をして、テーブルの下に潜り込んだ。 「あの、電話に出て貰っても良いですか? 一言も話さないでください。聞くだけで良いのでお願いします」 俺は既に電話どころでは無かったが、 彼女の緊迫した様子に言い返す勇気も無く、言われるがままカウンター裏に向かった。 ヴィンテージがかった古い黒電話だ。 店内の装飾に合わせて、わざと選んだようだった。 受話器を上げると、待っていたと言わんばかりに相手が話し掛けた。 「もしもし、私だ。櫻子か」 低く、しかし優しい男の声が電話口から聞こえた。 緊張で思わず唾を飲み込んだ。 「あまり長く話せないからよく聞いておくれ、17時にはそちらに着く。 それまでの辛抱だ。 絶対にスーツケースを離さないでくれ。 上手く隠れてくれよ」 まるで留守番電話を録音しているような調子で、 男は電話を切った。 この時点で俺が分かったことは幾つかあった。 女の名前が櫻子だということ。 スーツケースの中には、大切なものが入っているということ。 それからこの女は、俺が探している奴では無いことだ。
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