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心の準備が足りなかった。
心臓が、大きく1つ飛び跳ねたのを自覚した。
その時はやってきたのだ。
しかし、肝心の相手は見当たらなかった。
それらしき相手は誰もいないというのに、
老人は携帯電話を耳にあてた。
ここまでの体感時間は、実に一瞬であった。
俺は目的の相手を探す為、大きく一歩踏み込んだ。
その時である。
「あのぉ、すみません」
突然後方から、可愛らしい声が聞こえた。
振り返ると、女がスマホを片手に、
もう片方にスーツケースを転がしながら近づいて来ているところだった。
スーツケースはかなり大きく、女自身が入っても不思議は無かった。
明らかに動揺してしまったのが、自分でも分かった。
女はあまりにも可愛かったのだ。
網目の大きな白いニットを着ていて、冬の始めにはぴったりなチェックのミニスカート。
おまけに茶色のロングブーツ。
犬みたいにクリクリとした瞳は、
その辺にいる若い女そのものであった。
想像していた強気の女とは、程遠い。
「道を聞きたいんですけど…」
俺は困惑した。
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