第1話: 彼女(1)

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第1話: 彼女(1)

 9月初旬。  蝉達は未だに夏だと言わんばかりに、大合唱を奏でている。  私は電車の棚から荷物を下ろすと、スーツケースをガラガラと転がす人々と共に、中部国際空港の中に入っていった。  空港のターミナルは、人が溢れていた。夏休みではないというのに、家族連れや若い男女が、大きなスーツケースを転がしながら移動して行く。時折旅慣れた感じのスーツ姿の男女もちらほら見かける。私ときたら、初めての海外出張にも関わらず、白のTシャツにストーンウォッシュのジーンズ、紺色のスポーツシューズという出で立ちだ。どう客観的に見ても、観光旅行に行くようにしか見えない。私は人の群れを縫うようにして歩き、チェックインカウンターに辿り着くと、直ぐに手続きを済ませ、手荷物を預け、その足で空港の保安検査場を抜けた。保安検査場の近くにある売店でコーヒーを買うと、搭乗口付近の椅子に腰掛けた。出発まで約1時間30分ほどの余裕がある。私は暇潰しの為に買っていた3冊の小説から1冊を選び、バックパックから取り出した。  窓の方に目を向けると、飛行機が頻繁に離着陸しているのが見える。空は、青色の水性絵の具を薄めに溶いて塗ったような水色をしている。遠目には、もこもことした羊の群れのような雲が、空の高い位置に漂っていた。外は蒸せるような暑さなのに、秋が近づいているのを感じる。私は、薄いコーヒーを口に含むと、小説を広げて読み始めた。
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