第3話: 彼女(3)

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第3話: 彼女(3)

女性のすすり泣きが聞こえる。それも隣席から。 参ったな。それが私の正直な感想である。私が理由でない事は明白なのだが、どんな理由であれ女性に泣かれるのは辛い。それも年若い女性が私の席の隣で泣いているのだ。なんだか居た堪れない気持ちになってくる。どうしたものか? それに、なんだか周囲の視線が痛い。私は再び小説を開いて、本を読むふりをしながら、この案件についてどう対処すべきか考え始めた。 「おひとりは、不安ですよね。初めての海外旅行とかですか?」  私は、座席の前のシートポケットに入っている雑誌を取り出しながら、独り言を話すかのように、彼女に話かけた。彼女がこちらを振り向いたのが横目で見えた。必死に泣くのを堪えようとしている。なんだか滑り出しは良さそうな感じだ。 「無理しなくても良いですから。泣くだけ泣いて、すっきりした方が良いですよ」  女性慣れしてないものだから、こんな時スムーズに、洒落た言葉の一つも出てきやしない。彼女は必死に涙を拭いて、泣き止もうとしている。 「私は21歳の時に、1人でアメリカに語学留学したのですが、それが最初の海外だったんですよ。その時は、YesとNoぐらいしかまともに話せなくて、不安だったのを覚えています」 「どちらに留学されていたんですか?」  ちょっと、鼻声になっているが、少しは落ち着いてきたようである。 「始めは、CalifoniaのDiegoに1年いました。暖かくてとても良い所ですよ」 「カリフォルニアですか。行ってみたいですね」  彼女の声に少し元気が戻ってきた。 「他にもどこかに行かれたりとかしたんですか?」 「OregonのTreasure Valley Community Collegeに約2年、Eastern Oregon Universityに約3年ぐらいいたかな。オレゴンの無茶苦茶田舎で、これといって何もない所でしたが、私に取っては良い所でした」  飛行機が加速し始めた。背中に圧力を感じる。私は、シートベルトを確認すると前を向いた。彼女も同じように前を向いた。飛行機は一気に加速すると、直ぐに離陸した。飛行機が離陸した直後の足元が、少し心もとなげなくなる感じは、あまり好きになれない。直ぐに飛行機が安定飛行に入り、機内サービスの案内が流れた。  「どちらに行かれるんですか?」と尋ねると、「ニューヨーク」という答えが返ってきた。 「ニューヨークですか。いいですね。私は、東海岸には、1回も行った事ないんですよ。まあ、今回の出張はコネチカットなので東海岸なんですけどね」  丁度、キャビンアテンダントが飲み物を持ってきてくれた。キャビンアテンダントが私のオーダーを取ろうとしたが、私は手で彼女のオーダーを先に取るよう促した。私はキャビンアテンダンスからコーヒーを受け取ると、そのまま口に含んだ。先ほど売店で買ったコーヒーよりはうまい。 「あのう...。アメリカの大学って、卒業するのが大変だって聞くんですけど、そうなんですか?」 「私はアメリカの大学しか行った事がないので、大変かどうかはわかりませんね。ガッツリ勉強はしましたよ。でも、大変というよりも、楽しかったですね」  私は、コーヒーを飲もうとしたが、既に空になっていた。 「ニューヨークの大学に留学されるんですか?」 「語学留学です」  彼女が少しうつむく。栗色のストレート長い髪が淡い光を反射している。 「語学留学は楽しいですよ。いろんな国の人が来ていて、面白いですし」 「そうなんですか? 私、全く話せないですけど、大丈夫ですか?」  彼女は両手で持っている空のコーヒーカップをじっと見つめている。 「大丈夫ですよ。それは私が保証します。私みたいなバカでも、英語を話せるようになったのですから」 「そうでしょうか?」  間もなく成田に着くとアナウンスがあった。再び、シートベルトサインがオンになる。飛行機はゆっくり旋回しながら、高度を下げていく。分厚い雲を抜けると、滑走路が見えてきた。  彼女と私は無口になり、自席の前のシートをじっと見つめている。暫くすると、着陸した時の反動で、軽く背中に圧力を感じる。飛行機は無事ターミナルに着いた。乗客は一斉に立ち上がり、収納棚から荷物を下ろし始める。 「上に鞄ありますか?」 「大丈夫です。自分でやりますから」 「ついでですから、遠慮しないでください」 「ワインレッドのスーツケースです」  彼女のスーツケースを下ろすと、自分の座席の上に置いた。私は、バックパックを下ろし、直ぐに背負い、自席の隙間に立って、後方の人が廊下を通れるようにした。後方から来る人が途絶えると、私は廊下に出て、彼女が廊下に出やすいようにした。彼女はワインレッドのスーツケースに手を伸ばしたが、私が飛行機の外まで運ぶからと言って、彼女を先に行かせた。  通路の案内に沿って歩くと、荷物の受け取り場に出た。面倒くさいが、どうもここで一度荷物を受け取らなければならないようだ。私は、彼女に荷物が来たら教えて欲しいと伝えた。荷物の待ち時間は、いつもなら長く感じるが、珍しい事に彼女と私の荷物は思ったより早くきた。私は、彼女の特大サイズの黒のスーツケースをベルトコンベアから両手引っ張りだした後、私の紺色の中ぐらいのサイズのスーツケースを片手で引きあげた。私は彼女のフライトナンバーが自分と同じ事を確認すると、チェックインカウンターに向かった。  彼女に先にチェックインしてもらい、私はその後にチェックインした。今度は、出国審査場で出国手続きだ。本当ならば、中部国際空港で済まして欲しいところだが、この流れはなんだかなって気持ちになる。今後の効率化に期待するしかないようだ。
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