第4話: 彼女(4)

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第4話: 彼女(4)

出国審査も無事終わり、私は一旦彼女と別れた。私は、搭乗口付近の椅子に腰掛けると、腕時計を見た。搭乗まで約1時間といったところだ。私は、読みかけの小説を取り出して、物語の中へと入っていった。どれくらいたったのかわからないが、気がつくと彼女が私の席の隣にいた。本当に1人旅なんだなと思う。彼女は、もうだいぶ落ち着いたようだし、私は彼女が話しかけてくるまで、そっとしておく事にした。  搭乗まで後30分ぐらいある。私は席を立つと、「何か飲みますか?」と彼女に尋ねた。「私はコーヒーを買ってきますが、コーヒーで良いですか?」と尋ねると、彼女はコクリと頷いた。先ほどからコーヒーの良い香りがしていたので、ちょっと気になっていたのだ。私は、喫茶店風の店で、コーヒーとドーナツを買うと、彼女に渡した。「お金、払います」と彼女が言ってきたが、私がしたかった事なので、彼女の申し出を丁寧にお断りした。 「ニューヨークでは、ホームステイですか?」 「叔父の家に宿泊です」 「それじゃあ、滞在費もあまりかからなくて良いですね」 「そうですね」  コーヒーを飲みながら、チョコレートコーティングされたドーナツを食べるのは最高である。まあ、留学時代は、これが朝ごはんだったのだけれども。 「日本はまだまだ暑いですが、ニューヨークも暑いんですかね?」 「父は、もう既に寒いみたいな事を言っていました」 「それは良かった。もう暑いのは勘弁してくれって感じなので」  彼女が、クスって笑った。笑うと、可愛い。  搭乗案内のアナウンスがロビーに響く。人々は、ざわざわと搭乗口へ足を運び、またたく間に長い列を作っていった。私は、「先に並んでて」と言って、彼女から空になったコーヒーカップを受け取ると、ゴミ箱に捨てにいった。女性とは全く縁のない人生を過ごしてきたというのに、彼女でもない人と一緒に列に並んでいるのはなんだか不思議な感じがする。  搭乗口を通ってから、彼女に飛行機の中で書類を書くことになるので、パスポートと、宿泊先の住所がわかるもの、筆記用具は直ぐに出せるようにしておいた方が良いと伝えた。 彼女は、少し不安そうな顔をしたが、わからない事があれば、キャビンアテンダンスの質問すれば良いというと、ほっとしたようだった。  飛行機の入り口付近で、彼女とは別れた。彼女は奥の通路で、私は手前の通路だった。恐らく、この飛行機の中ではもう顔を合わせる事もないだろう。私は、自席の前に来ると、バックパックから小説、筆記用具、パスポート、滞在先のホテルの住所のメモを取り出した。 私の席は、珍しく比較的の前の方の通路側のエコノミーシートだった。前が壁になっているので、他の席よりも若干前方のスペースが広い感じがする。  飛行機は無事離陸し、安定飛行に入った。約13時間のフライトだ。ここで寝ておかないと、アメリカに着いてから体力的にきつくなるのは経験済みだ。耳にイヤフォンを詰め込んで、席を目一杯倒すと、私は、ゆっくりと目を閉じた。
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