第5話: 彼女(5)

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第5話: 彼女(5)

 フライト中、食事の時間以外は、自分でも不思議なくらい熟睡していた。その為なのか、体中が凝り固まった感じで、腰も背中も限界だ。私は体をほぐすのを兼ねて、席を立ち、トイレに行った。時計を見ると、後2時間ぐらいでジョン・F・ケネディ国際空港に着く。私は席に戻ると、再びイヤフォンを耳に付け、ジャズステーションを選択し、ボリュームをやや小さめにセットし、再び目を閉じた。  突然体に振動を感じた。着陸したのだ。飛行機が止まると、ぼーっとした頭で、棚のバックパックを下ろし、パスポート、小説、筆記用具をバックパックに詰めこんだ。私は人の流れに身を任せ、飛行機を後にした。  飛行機を降りた人達は、足早に歩いていく。私は次の飛行機まで約2時間程の待ち時間があるので、比較的ゆっくりと歩いた。私の前に彼女の姿はなく、私の後ろを歩いている人達の中にも彼女の姿が見えない。恐らく彼女は、ずっと先の方にいるのだろう。ニューヨークの空は、薄い灰色の雲がかかっていた。きっと、彼女の心もこの空模様のようにきっと晴れ晴れしたものではないのかも知れない。  入国審査場に長い列が出来ていた。これは出るまでに時間がかかりそうだなと思っているところを、彼女に声をかけられた。彼女は心細かったのか、私が来るのを待っていたようだ。私は彼女と一緒に列に並んだ。パスポートと必要な書類がある事を確認し、手に持った。彼女も私に習って、パスポートと必要書類を手に持った。私は、彼女を私の前に列ばせた。 「先に行って、もし入国審査官が何を行っているのか理解らなければ呼んで。直ぐに行くから」  私がそういうと、彼女はコクリと頷いた。  彼女は入国審査員の前に立った。スムーズとはいかないまでも、身振り手振りを交えながら、なんとか出国手続きを終えた。私はというと、英語には問題ないというのに、かなり運動不足のような体型で且つ丸太のような二の腕を持つ、焦げたハンバーグのような肌の素敵な紳士に、ガッツリ捕まった。 「君の会社の名前は?」 「ABC株式会社です」 「知らないな。何の会社?」 「XYZを作っている会社ですよ」 「あ〜、あれを作っている会社か。行っていいよ」  なんだか複雑な気持ちだ。本社は、NYに自社ビルを構えている超有名企業の筈なのに、この入国審査官といえば、企業名は知らないのに、商品名は一発でわかった。自社の製品が有名なのは良いのだか、企業名の知名度がないのは、なんだか残念だというか、残念すぎる。私は気を取り直すと、彼女のもとに歩いていった。  今更だが、彼女は可愛かった。薄紫のサマーセーターにデニムのジャケット、黒のフレアスカートが様になっている。もうこんな可愛い子とは、お近づきになる事はないんだろうなと思う。私は、彼女と共に出口付近まで歩いた。 「じゃあここで。いろいろとありがとうございました」  彼女はペコリと頭を下げた。 「何か困った事があったら連絡して。大した事はできないかもしれないけど、ちょっとしたアドバイスぐらいはできるかもしれないので」  私は、そう言って彼女に名刺を渡した。彼女は出口のドアを出ていき、私は次の便の搭乗口へと歩いていった。  私は彼女の名前を知らない。恐らく、彼女の名前を知る事はないだろう。
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