無題

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無題

 教室の隅でぼんやり空を眺めていた。周りには、くすくすとした笑い声や淡々と教科書を読む声が響いていたけど、僕にとっては全てどうでも良いものだった。  白が六割、青が四割の空には鳥が二羽、羽ばたいていた。校庭の脇からから高く伸びている木が、空の右側で主張している。濃い緑の葉たちが風で微かに揺れる。その中に濡れ羽色の体を潜らせるのがいた。カラスだ。目を凝らせば、奥の方に巣が見える。雛でもいるのだろう。  チャイムがなった。一言の合図で、教室がわっと騒がしくなった。何分かそれが続いた。そして、また、淡々とどうでもいいことが話されていった。  そうして、一日が終わる。正確には、まだ、僕の一日は終わってはいない。だけど、学生の本分は勉強だ、なんて言うんだから、学校が終わった段階で一日が終わったと言ってもいいだろう。  荷物をまとめて立ち上がる。校門を出て、耳にイヤホンを押し込んだ。特に好きな曲とかはない。理由があって聞いている訳でもない。ただ、雑音から耳を塞いでいられればそれで良かった。流れるギターと誰かの歌声は、僕のどうでもいいことを考える馬鹿な頭を正してくれる。余計なことを考えずに済むから、音楽は好きだ。でも、こんな理由で好きだなんて言ったら、本当に好きな人には怒られるかもしれない。  家に着いたが誰もいない。だけど、それは当たり前のことだ。両親はこの時間は仕事だろう。何時間か経てば、この家に帰ってくる。それまで僕はここで一人。  暇だから本を読もう。適当に図書館で借りてきた本だ。表紙が目を引いたからこの前、借りてきた。本は好きだ。特に好きな作者なんていないけど。でも、物語に浸っている間は余計なことを考えずに済む。だから良い。  近くにある本は二冊だった。手に取って、裏表紙を見る。片方は恋愛。もう片方はミステリー。どっちを読もうか。ちょっと迷って、ミステリーにした。謎解きが多いと、より頭を使って余計なことを考えなくて済むからだ。  本を開く。紙の匂いが仄かに鼻をくすぐる。指に紙の乾いた感触が伝わる。目を落とせば、文字と一緒に景色が脳内に飛び込んできた。  主人公は探偵。舞台は現代。ミステリーなのに、ちょっとホラーっぽくもある。残酷な描写が多い。どんどん人が死んでいく。  ……。  …………。  ………………。  フィクションから現実へ戻ると、かなりの時間が経っていた。もうすぐ親が帰ってくる時間だ。  扉が開く音がした。 「ただいまー」 「おかえり」 「また本を読んでいたの?」 「うん」 「たまには友達と外で遊んだらいいのに。本ばっかり読んでないで……」  ぶつぶついいながら、母さんは料理の支度を始めたみたいだった。  しばらく経って父さんが帰ってきた。そして、すぐにご飯が机に置かれた。食事中、テレビの音だけが流れていた。  食事を終えて、お風呂に入って、今はベッドにいる。まだ九時前だ。何をしよう。また本でも読もうか。でも、そんな気力も湧かない。ごろごろしていよう。だけど、そうすると、頭の中がぐるぐるごちゃごちゃしていて、もやもやする。この十数年、毎日こうだ。きっと、明日も明後日もそう。もっと先、二十年後もそうだろう。僕はいつからこんな風になったんだろうな。  目を閉じる。見えていた景色が白い天井から真っ暗になった。ああ、でも目を閉じても完全な真っ暗にはならないんだな。なんというか、ザァー……と砂嵐になったみたいな感じで、所々白い。薄く赤や緑も混じっているような気がする。  目を開けた。時計を見ると、ちょうど九時。全然針が進んでいない。眠くないから寝たくもないが、何もする気が起きない。退屈だ。つまらない。  ただただ、どうでもいいことを考え続けた。気がつけば、僕は夢の中にいた。
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