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新学期
新学期になった。
案の定、うちのクラスにはセシル・マクスウェルが編入してきた。
先生が直々に「慣れないだろうから、いろいろ教えてあげてくれないか」と彼女の面倒をみるように私に頼んできた。
なにも私に頼まなくっても……と思うものの、せっかく断罪ルートから遠ざかっている私の評判を落とすこともできず、「もちろんですわ」とにっこり微笑むことしかできなかった。
そして、リアルなセシルは超絶かわいかった。
小さな顔に大きな目、ピンクの唇。女の私でも守ってあげなくちゃと思わせるほど庇護欲を誘う愛らしい見た目だった。
中身も外見に負けず劣らずかわいらしくて、私が声をかけると、うれしそうに微笑み、「よろしくお願いします」と頭をペコリと下げた。
そのしぐさのかわいらしいこと!
胸がズキューンと撃ち抜かれた。
ダメだ……。
こんな子に会ったら、ジュリアン様もメロメロになるに決まっている。
そう思ったけど、食堂に案内するのも私の役目。
そして、一人で食べさせるわけにはいかないから、ジュリアン様といつも一緒に食べている席へと案内するしかなかった。
「食堂はここよ。ここでトレーを取って、好きなメニューを持っていって、好きな席に座っていいの」
「お代はいらないのですか?」
「いらないわよ? 学費に含まれているのではないかしら?」
考えたことなかったけど、聖女は平民だからお金のことが気になるのかしら。
奨学金をもらっているという話だけど。
「デザートはあちらよ。オススメはフルーツのタルト。シェフが旬のフルーツを市場で仕入れてきて、こだわり抜いて作っているの。食べたいときは、料理と一緒に確保しておかないとなくなっちゃうわよ?」
最重要事項を教えてあげた。
セシルも甘いものが好きなようで、目を輝かせていた。
私達はそれぞれ本日の肉料理と魚料理を取って、タルトもしっかり確保した。そして、いつもの席に向かう。
私がセシルを連れて、その席へ向かうので、辺りがざわついた。
私だって、ジュリアン様の元へセシルを連れていきたくないわよ!
同じクラスだけど、選択科目が違うジュリアン様は先に来ていて、私を見ると、ほんわかと心が温められるような笑みをくれた。
毎日見ているのに、未だに慣れずに胸がときめく。
彼がセシルに目を向けたので、「慣れない間は昼食をご一緒しようと思って」と言い訳のように私は言う。
「さすが、僕のルビーは優しいね」
ジュリアン様がにっこり笑う。
そんなことは全然ないんですけどね。
「セシル、こちらは私の婚約者のジュリアン王子よ」
念のため、ジュリアン様を紹介すると、セシルは驚きに固まっていた。
そりゃそうよね。
こんな麗しい人はなかなかいない上に、王子様だもんね。
でも、私の婚約者なのよ?
そこんところよろしくね。
ぱっと頬を染め、かわいらしい顔でセシルは挨拶をする。
「ご無沙汰しております、ジュリアン王子。セシル・マクスウェルです。同席させていただいてもよろしいのでしょうか?」
「あぁ、前に王宮で会ったね。もちろん、どうぞ?」
ジュリアン様とセシルは初対面じゃなかったんだ。考えたら聖女に任命されるんだもの、王家が関与していて当たり前よね。
私はジュリアン様の前に、セシルは私の隣りに座った。ジュリアン様はセシルに一言かけただけで、私に向き直り、週末の予定を聞いてくる。
思ったよりジュリアンが平然としているので、なぜか私が焦る。
このかわいい子を見て、なんにも思わないの!?
セシルの方はチラチラとジュリアン様の方を見ながら、ご飯を食べ始める。
その顔はほのかに薔薇色に染まっていて、一目惚れした女の子の表情をしている。目がうるうるしていて、熱を帯びていた。
あーあ、やっぱり惚れるよねー。うんうん、わかるわ。見た目は天使だし、中身も天使だし、17歳の男性に対して天使ってなによ?と思うけど、本当に神々しいからしょうがないわ。
ジュリアン様は本当に素敵で優しいの。
後からやってきたリカルドとダンガルドはセシルを紹介すると、ポーッとなっていた。
セシルがにっこり笑うと花が咲いたようだから、普通そうなるわよねー。これが正しい反応よ。
「は、は、初めまして。ダンガルド・ケインと申します。以後、お見知りおきを…」
「固いよ、ダン。僕はリカルド・コリンズ。よろしくね、セシル」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ダンガルド様、リカルド様。いろいろ教えてくださいね」
「「もちろん!」」
彼らは声を合わせて答えた。
一瞬でセシルに夢中になるリカルドとダンガルドに複雑な気分になる。
さすが主人公。あっという間にメロメロじゃない。昨日までは私を崇拝するように見ていたのに、もう見向きもされない。
今後の風向きを暗示しているようで、私は不安になった。
「ルビー」
優しく名を呼ばれた。
いつの間にか隣りの席に座っていたジュリアン様に手を取られる。ジュリアン様は私の手を両手で包み込み、親指でそっとなでた。
「なにがそんなに不安なの?」
水色のキラキラ光る瞳が私を心配そうに覗き込む。
ジュリアン様のこれくらいのスキンシップは日常なので、誰も気に留めていない。
私以外は。
触れられた手から熱がじわじわ伝わって、私を温めると同時に焦らせる。心臓がバクバク音を立て、頬にも熱を送る。
まさに『あなたの瞳に囚われて』動けない。
でも、こんなジュリアン様もきっと今だけ。そのうち、セシルしか見なくなるんだろう。だから、今のうちに覚えておこう。ジュリアン様に好きになってもらって、こんなに優しくされたことを。その後、冷たくされても、催眠術を使った罰だわ。
切ない気持ちを抑えて、彼の瞳を見つめて、にっこり笑った。
「ジュリアン様、なんでもないですわ。ちょっと考えごとをして、ぼーっとしてしまっただけ」
そう言うと、ジュリアン様は綺麗なお顔を曇らせた。
そんな憂いを帯びた表情も素敵と思ってしまう。
ジュリアン様は私の頬に手を伸ばして、指先でなでた。
「君は……なにも言ってくれないんだね」
「だって、本当になんでもないんですもの」
「そう…。なにかあったらちゃんと僕を頼ってね」
「はい、心強いですわ」
いつまでこうしていられるのかな?
私は頬にあてられたジュリアン様の手に自分の手を重ねて、微笑んだ。
「ルビアナ様がジュリアン様と熱々で驚きました」
食後にお手洗いに行きながら、セシルが言った。ジュリアン様を思い出しているのか、うっとりしている。
「あんな素敵な方に溺愛されているなんて、うらやましいです。でも、ルビアナ様も綺麗で優しいからお似合いですね」
私はなんとも言えず、照れ笑いをこぼす。
こんな直球に褒めてくれる人はジュリアン様以外にこれまでいなかった。
そういえば、今までこういう風に女の子とべったり一緒に行動することもなかったわね。
私の公爵令嬢という高い身分とジュリアン様筆頭にきらびやかな人達が周りを取り囲んでいたから、クラスメートはみんな丁寧だけど、一歩退いて私に接していた。
今気づいたけど、私って友達いない……?
うそ……。
「そういえば、ジュリアン様の後ろに立っていた人は誰なんですか? いかついお顔の」
「あぁ、あれは近衛騎士よ。フランかペイルのどちらかが常に誰か一人がついて、ジュリアン様をお守りしているんです」
「そうなんですね。王族ですもんね」
鋭い眼つきで明らかに雰囲気が違うから違和感を覚えたらしい。
私達は、小さい頃から見ているから空気のような存在になっていたけど。幼い頃はよく遊んでもらった頼れるお兄さん達って感じ。
「あ、でも、さっきいたフランは眼つきは悪いけど、話すと優しいし頼りになるのよ?」
「フラン様と言うのですね」
「小さい頃はジュリアン様と一緒に追いかけっことか高い高いとかしてよく遊んでくれたの。あまりに私を高くまで飛ばして、青くなったペイルに叱られていたわ」
私が怖くないんだよと、フランのエピソードをいくつか話すと、セシルはふふっと笑った。
「ところで、フルーツタルト、ものすごくおいしかったです。あんなのが毎日食べられるなんて、幸せですね」
言葉の通り、幸せそうな顔で、セシルが微笑んだ。
かわいい……。この子はなんてかわいく笑うのかしら。
複雑な気分を隠して、私は話を続けた。
「そうでしょ? うちにもパティシエがいるけど、フルーツタルトはここのが一番おいしいわ。あとはたまに出てくるチーズシフォンケーキもおいしいのよ」
「わぁ、楽しみ! ルビアナ様も甘いものがお好きなんですね」
「そうなの。栄養が偏らないなら、毎食ケーキでいいぐらい」
「ふふ、それはかなりの甘党ですね。でも、気持ちはわかるかも」
「わかってくれる? うれしい! 今まで賛同してくれる人がいなかったの」
「私はそれがチョコレートですけどね。チョコが一番好きなんです」
「あら、それじゃあ、授業が終わったらサロンに招待するわ。ちょうど街で評判のチョコレートを入手したから、一緒に食べましょ?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「うれしいです!」
男性陣は甘いものを食べなくはないけど、こうテンションが上がって話すほどでなく、もの足りなかったのだ。
憧れの女子トークができるチャンスだわ!
『おいしー!』って盛り上がりたかった私は、唐突にセシルをサロンに誘ってしまった。
いつも入り浸っているサロンは高級貴族とその招待客のものとされているんだけど、ジュリアン様、リカルド、ダンガルド、今年からジョエルが使っているので、誰も近寄らない、私達専用サロンになっていた。
サロンでお茶を飲んでいたジュリアン様に、セシルが頬を染めるのを見て後悔した。
バカね、私は。なにも自らジュリアン様とセシルの接点を増やさなくてもいいのに…。
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