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かわいいセシル
セシルは裏表のない本当にいい子だった。聖女なだけあって、癒やし系。
甘いものの話題から、ほどなく打ち解けて、私に初めての女友達ができた。
友達って言っていいわよね? まだ早いかしら?
サロンにもセシルが顔を出すようになって、リカルドもダンガルドもジョエルさえも大歓迎だった。
ジョエルはこれを機会に姉離れするといいわ。
女友達っていいわね。楽しくって仕方ない。
私はセシルに夢中になった。ジュリアン様が『少しは僕もかまってよ』と文句を言うほど。
私達と一緒に行動しているし、聖女ということで、最初はセシルも遠巻きにされていたけど、彼女の親しみやすい人柄にだんだんクラスメートも受け入れていき、気がついたら、私より仲よくなっていた。
「ルビアナ様は完璧すぎて、近寄りがたいんですよ」
「私なんて全然完璧じゃないのに」
「うふふ、お茶目でかわいらしいところもあるのにね」
「かわいらしいなんて! それも違うわよ」
私は赤くなる。
綺麗とは言われるけど、かわいいなんて、ジュリアン様以外に言われたことないわ。
「ほら、そういうところ!」
セシルがおかしそうに笑う。
彼女とじゃれているうちに、クラスメートとも少し打ち解けてきた。
そんな楽しい新学期を送るうちに、私は大事なことを忘れかけていた。
ある日、選択教科が終わって、サロンへ向かっていると、めずらしくジュリアン様とセシルが立ち話をしているのを目にした。
二人とも楽しそうで、なんとなく声をかけられなかった。
しかも、優しげな外見のジュリアン様に、かわいらしいセシルはとてもお似合いで、一枚の絵のよう。
本来ならこの二人が恋人同士だったんだから、当たり前よね……。
傾いた陽の光が射し込んでスポットライトのように二人を照らしていた。ジュリアン様の髪の毛がキラリと輝く。
胸がツキンと痛んだ。
「それじゃあ、ジュリアン様、お願いしましたよ?」
「あぁ、わかった。約束するよ」
「楽しみにしています」
「うん、じゃあね」
セシルがかわいらしく頬を染めている。
なにか約束をしたんだわ。なんだろう……。
嫌な想像しか浮かんでこない。
とうとうジュリアン様がセシルを好きになる日が来たんだわ。
悲しい気持ちで二人の後ろ姿を見送る。
その時、
グラグラッ
地面が激しく揺れた。
壁に手をついて、身体を支える。
地震……?
こんな大きな地震は、この世界では初めてかも。
揺れはすぐ収まったけど、私の心は乱れたままだった。
もしかして、これが天変地異の始まりだったらどうしよう? ゲームではこの国が大災害に遭っていたところをセシルが聖女の力で救うのよね? でも、それにはセシルが誰かと恋人にならないといけない。そして、セシルが見ているのはジュリアン様……。
あぁ、だから、ジュリアン様も正気に戻って、セシルのことが気になり始めたのかしら。
すべては元のストーリー通りに戻っていくのかもしれない。
「あぁ、ここにいたんだ。探したよ」
私がうなだれていると、ジュリアン様が私を見つけて、抱きしめた。
「さっきの地震、大丈夫だった? 怖くなかった?」
優しい瞳が私を見つめる。
いつもと変わらない愛情あふれる眼差しに、目が潤んでしまう。
セシルに心を奪われたんじゃなかったの?
「怖かったんだね。かわいそうに。もう大丈夫だよ?」
頭をなでて、抱きしめて、頬を寄せる。本当になにも変わっていないジュリアン様に私はしがみついて、涙をこぼした。
怖くて泣いているのだと誤解してくれているのを幸いに。
ジュリアン様が唇で涙の跡を辿った。
びっくりして、涙が止まる。
「ふふ、泣いている君も、驚いている君もかわいい。でも、僕を見て笑っている君が一番かわいいな」
頬に口づけながら、そんなことを言われて、私は真っ赤になった。
「ルビー、好きだよ」
ふいにジュリアン様が言った。
今一番聞きたかった言葉。なんでわかったの?
せっかく止まった涙がまたあふれてくる。
私はジュリアン様の胸に顔をうずめて、「私もです」とつぶやいた。
うれしいけど、罪悪感が募った。
それからしばらく経った放課後、クラスメート達と文化祭の準備のことを話していた。セシルと一緒に実行委員になったのだ。学校生活2年目にして初めて、みんなでワイワイなにかをするという楽しみを味わっている。
すると、セシル以外のクラスメートがザザッと退いた。
「僕のかわいいルビーをそろそろ返してくれる?」
涼やかな声とともに、後ろから腰を引き寄せられる。
ジュリアン様だ。
背中が引き締まった身体にひっついて、頬が熱を持った。
ふと見ると、セシルも真っ赤になっている。
「今日は王宮に来てくれる約束でしょ?」
ジュリアン様が耳許でささやく。
ぞくっとして、首をすくめる。
ちょっと拗ねているような声だ。
最近、こうしてクラスメートとおしゃべりしたり、セシルと週末にお買い物に出かけたりしていることが増えて、焼きもちを焼いているらしい。と本人が言っていた。
「はい、もちろん、お供します」
こないだはセシルが好きになったのかもと不安になったけど、ジュリアン様は変わらず私を見ていてくれる。むしろ、前よりスキンシップが増えたような…? セシルに対する距離は変わらない。
安堵するとともに、別の不安が増した。
グラッ、グラグラッ
「きゃっ」
「地震?」
「また? 最近多くない?」
クラスメートが騒いだ。
ジュリアン様が守るように私を抱きしめてくれる。
そう、最近、地震が多い。だんだん頻度が上がっている気がする。
しかも、夏なのに雨続きで気温が上がらず、異常気象が続いていた。
『天変地異に見舞われた国を救う』のが聖女の役目。
実際、セシルはこのところ頻繁に教会へお祈りを捧げに行っていた。でも、成果ははかばかしくないようで、たまにため息をついていた。
『聖女は愛する人を得て初めて真の力に目覚め、国を救う』
ゲームの内容が頭をよぎる。
この状況は私のせいかも……。
いいえ、『かも』じゃないわね、私のせい。私がセシルとジュリアン様の恋路を邪魔しているから、セシルは真の力に目覚められず、天変地異も抑えることができないのよね。
ごめんなさい……。
ずるい考えで、他の攻略対象にセシルが恋したらいいんじゃないかと、リカルドやダンガルドを秘かに応援してみたけど、セシルが見つめるのはやっぱりジュリアン様の方。
この頃はなんでも話せる仲になっているのに、このことだけは怖くてセシルに聞けないでいる。
ジュリアン様が好きなの?とは。
聞いてもセシルは否定するだろうけど、目が物語っている。
このままでは作物も育たず、飢饉が起こるかもしれない。地震だって、すでに大きなものが起きた地域では建物が崩壊して、壊滅的な被害が出ている。
潮時ね……。
もうこれ以上は引き延ばせない。
今夜、ジュリアン様の催眠術を解こう。きっとそれがジュリアン様の感情を縛っているんだ。だから、ジュリアン様はセシルに惹かれないんだわ。
私は十分ジュリアン様に愛された。偽りの愛だったけど。
ごめんなさい、ジュリアン様。
最後に思い出をもらっていいかしら?
終わったら記憶を消すから、お願い……。
私はそんなことを考えながら、腰に回された腕にそっと手を添えた。
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