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「もう、一人でも歩けるよな?」
確かめるように問うダンの身体は透けていた。今度こそ、別れの時間がきたのだと否応なしに伝えてくる。
「……ゔん」
「今度はお前が聞かせてくれよ? お前の隊商の話。……俺はずっとここで待ってるからさ」
「ゔん!」
ダンは涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪ませる僕の額を小突くと、ある方向を指差した。
示された場所は、何故かそこだけぼんやりと明くて、よく見ると砂の上には誰かの小さな足跡が一直線に伸びていた。
思わず僕はダンを見つめた。だって、消えかかっていても分かる。これは、今までに何度も見たダンの足跡だ。
僕と視線が合ったダンは静かに頷いた。そして僕の背中をそっと押す。
「……っ」
僕は、導かれるようにその小さなダンの足跡を無我夢中で走りなぞった。
そして、気が付き、振り返った時にはダンの姿はなかった。あの色鮮やかなヒガンバナも足跡も、もう見えなかった。
でも、それでいい。見えなくたって足跡はいつだって心にあるから。
僕は迷わず真っ直ぐに足を進めた。そんな僕の足跡は風に吹かれて、やがて夜の砂漠へと消えていった。
(完)
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