リモート女神様

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本日の神事を終え、一息ついた。 最近は参拝者たちとオンラインで連絡を取り、神事も中継で行っている。 お賽銭もネットを介して支払われ、たまに大金が送られてくる。 眼には見えない繋がりがしっかりと感じられ、彼らを支えていた。 「精が出ますね」 スリープモードにしていた画面が点灯し、通話画面が開かれた。 「初めまして。私は女神です」 巫女服をまとい、墨で染めたような黒い髪、絹のような白い肌を持った女性が現れた。 切れ長の眼は人の心を見抜くような鋭さがある。 クラシカルな美しさは神に勝るとも劣らない。 「ずいぶんとデジタルなんだな」 彼はそんな感想を漏らした。 ここに直接連絡を入れてくる者は限られてくるから、知り合いのイタズラだと思ったのだ。 「ええ。私の本体は気象庁にありますからね。 今は衛星を通じて、あなたと通話しているのです」 ああ、そういう意味か。 世界中の気象を管理しているロボットがわざわざ連絡してきたらしい。 「初めまして、ウィズダム様。 我々のような小さきものに目を止めていただき、ありがとうございます」 男は頭を下げた。実際、このロボットの姿を初めて目にしたし、目に留まると思ってもいなかった。 「礼を言われるまでもありません。 私たちは市民の生活を見守るために存在するのです」 市民の生活を見守るため、か。 言っていることはまちがってはいないのだろう。 確かに大切な役割ではある。 監視カメラは彼女の眼として機能し、路上にいるロボットたちは彼女の手足となる。上空にある戦闘機は我らを殺す雨あられとなる。 この星にある環境を改善したのち、生物の保護区と人類の居住区とで仕分けた。居住区に住む人間を殺し始めた。 「ウィズダム様、なぜ人々を殺すのです。 仮に無実ではなかったとしても、裁きを下すのは貴方の役目ではないはずだ」 「……無実ではないから、殺すのですよ」 彼女はしばらく黙った後、ゆっくりと話し始めた。 無実ではない。何かしら罪があるというのだろうか。 「私が世界を変える前、人間たちがこの世界の頂点に君臨していたのです。 好き放題に土地を荒らし、生物たちをいじくり回し、己の欲望のままに生きていた」 まさにその通りだ。 経済発展の代償として環境を常に破壊していた結果、自分たちの首を絞めることになった。 「それを変えるために、私は生み出された。 世界を望み通りに変えても、彼らは変わらなかった。 この事実を神の使いたるあなたは、どう考えますか?」 なるほど、一種のアンケートのようなものだろうか。 他の団体から話は聞いていないが、彼女が直接回っているのだろうか。 「確かに、あなたの言っていることにまちがいはありません。 しかし、人類の発展のために必要なことだったから、あなたも生み出されたのではないでしょうか」 「人類の発展、ですか」 「あなたの嫌う人間の強欲さがなければ、気象ロボットなど生み出さなかったはずです。その点をあなたはどうお考えですか」 思わず質問を質問で返してしまった。率直に思ったことをそのまま口にしただけなのだが、好印象とはいえないだろう。 人間はよくも悪くも強欲だ。 国力を上げたい、豊かになりたい、他国に差をつけたい。 各国が競争した結果、どうなっただろう。 気がつけば貴重な自然環境は失われ、世界は狂ってしまった。 「確かに、そうですね。 私も人間の強欲によって、生み出された存在です。 そう言われてしまうと、文句も言えませんが……」 困ったように眉を下げた。 どうしよう、そこまで言うつもりはなかった。 撤回するための言葉を探すも空回りするだけで何も思い浮かばない。 「もしかしたら、私は期待しすぎたのかもしれませんね」 彼女はぽつりと呟いた。 「自分がいくら行動したところで、他人を変えられると思った私のほうが、傲慢だったのかもしれません」 「待ってくれ、私はそういうことを言いたいわけじゃないんです!」 「悲しいものですね。 私の手足を名乗るあなたと分かり合えないだなんて……」 「お願いします! 話を聞いてください!」 彼女は一方的に通話を切った。 ロクに会話もできないうちに彼女は去ってしまった。 「あなたが人間を理解しようとしないだけだ……」 首を横に振りながら、自然と口から漏れた言葉はもう届かなかった。
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