3人が本棚に入れています
本棚に追加
遺言
僕は山が大好きな人間なのでいつか山奥にある旅館に泊まってみたいと思っていた。
偶然ネットの広告にあった大自然の写真に魅かれてとある旅館を選んだ。
実際に来てみると広告の写真ほど綺麗な場所ではなかったけれど、旅費が安く済んだし、なにより都会の喧騒から離れられるなら別にいい。
そんなわけで、山の幸たっぷりの夕食を終えた後、夜の景色をみようと思い、外を歩いていた。
通りにぽつんぽつんと点在するお土産屋の一軒で、年配の店主が指を指した。
「なあ、あの山の麓に大きなお屋敷があるのが見えるだろう?」
その方向に目を凝らすと黒いお屋敷が見えた。
夜なのに強い存在感が感じられて、今まで気づかなかったのが不思議なほどだ。
「そうそう、それね。」
「なんだか不思議な雰囲気がしますね…」
「ああ、そうなんだよ。昼でも森の影に隠れてて薄気味悪い場所なんだ。」
「へぇ~、ちょっと行ってみたくなりますね」
店主は「信じられない」といった表情をした。
「だめだめ!危険だから!」
僕の冗談に対して店主は大まじめに告げる。
「あそこは地元じゃ有名な幽霊屋敷なんだ。」
***
お屋敷の所有者はこの当たりを牛耳る一族だった。
給仕をしていた女中によると、当時の主は動物を殺す趣味を持つ変人で、お屋敷の裏庭の森の近くで猫や犬の死骸が見つかることがよくあった。
殺された動物たちは刃物で腹を刺された状態で見つかった。
主は自分の趣味を隠す人ではなかったので、気味悪がった家族と何度も揉めていた。
しかしある時から動物殺しの趣味がぴたりと無くなった。
それは祖父様のご結婚が決まってからだった。
主の悪い趣味の噂は親戚の間で広まっていたことを考えると、結婚がうまく決まったことが不思議だ。
お屋敷に嫁ぐことになったのは「京子」という、主より3歳年下の女性だった。
京子は生まれつき身体が弱く、慣れないお屋敷生活のせいもあって常に自室で休んでいた。
女中は医学の心得があったので京子の世話をすることが多かったが、女中から見た彼女は礼儀正しく控えめな人だった。
もとが政略結婚だった京子と主は、本当に愛し合う夫婦になり、京子は妊娠した。
しかし残念ながら京子の病気が良くなることはなく、妊娠と重なっているためか悪化していくばかりで、医者の手に負えない状態だった。
お屋敷の誰もが諦めているなかで主だけは「どこどこに優秀な医者がいる」とすぐに聞けば会いに行き、その人たちをお屋敷に連れて帰っていた。
その頃、若い女中のひとりが突然、行方不明になった。
その女中にはもって一週間だと医者に宣告されていた病を患った母親がいて、その母に一目会いに実家に戻ったのではないか、と皆が思っていた。
しかし女中は実家にもお屋敷にも帰ってこなかった。
女中の荷物は全てお屋敷に置いてあった。
二人目の女中が居なくなったのは、一人目が居なくなった日から丁度一か月後だった。
また若い女中だった。
前触れは一切なく、荷物はそのままで突然消えるのだ。
奇妙なことに、一か月ごとに若い女中が消えるようになった。
やがてこの噂が近所中で知られるようになった。
「あの屋敷では若い女中が殺される」「若い女が屋敷の裏庭に連れて行かれるのを見た」「広い屋敷の地下のどこかに殺人部屋がある」と、まことしやかに囁かれるようになった。
勤めていた女中たちは気味悪がって次々と辞めていった。
失踪事件は尚も続き、お屋敷に残ったのは主の父様と母様、京子、年配の料理人二人と使用人三人、それから例の女中だけだった。
半年後にはお屋敷の中だけではなく、近隣でも若者の失踪事件が起きた。
街の若い人間が消える事件は、京子が出産すると同時に亡くなった日まで続きました。
その日、生まれたばかりの息子を残して父親の主は突然姿を消しました。
両親を同時に失くした男の子は祖父母に育てられ、使用人と女中にも可愛がられた。
親代わりだった祖父母様亡くなるとともに、男の子はお屋敷を出て行った。
不思議なことに、男の子はお屋敷の所有権を手放さなかった。
むしろ絶え間なく増築を指示し、完成しても完成しても手を加えさせた。
しかし本人は一度もお屋敷に足を踏み入れることなく、数十年が経ち、亡くなった。
実は7年前、増築していた業者の作業員の中で、最年少の男性が行方不明になった。
次に依頼を受けた業者でも同様の出来事が起こった。
二人が休憩中にふらふらとおぼつかない足取りでお屋敷に行くところを他の作業員に目撃されていた。
一昨日、お屋敷に無理矢理入った少年三人が行方不明になった。
肝試しのつもりだったそうだ。
昨日、その子達を探していた方々のうち青年二人も消えた。
残念ながら今日の捜索で、行方不明になった五人は見つからなかった。
***
「どう、怖かった?」
店主は先ほどまでの神妙な面持ちとは変わってニヤリと笑う。
「ちなみに僕、25歳なんですけど、もしも僕がお屋敷に行ったら…」
「殺されちゃうかもね~」
軽い口調の店主の話がどこまで本当なのか、僕は測りかねていた。
***
この話には続きがある。
昨年、お屋敷の使用人だった男性からお手紙が届いたそうだ。
内容は「罪の告白」だ。
「主様は、京子様が若者の血を飲めば病気が良くなると思っていたようだった。何度も人を攫い、屋敷の地下の隠し部屋に運んだ。部屋には大きな桶があってすぐに鮮血で満ちる。気づけば私自身も部屋の壁も乱雑な返り血で染まっている。主様はそれをただ満足そうに眺めていた―。」
「あの男は、死んだ後もなお屋敷にいる。若者はあのお屋敷に入っただけで殺される。呪いを無くす道はこれしかない。」
「あのお屋敷は燃やしてください。」
最初のコメントを投稿しよう!