掴めない君

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 磯野桃華(いそのももか)が俺の彼女になってからはもうすぐ1ヶ月が経つ。  高校に入ってから初めての夏休み中、頭から片時も離れなかった彼女の笑顔に自分の気持ちを気付かされ、2学期初日に告白をした。 「大塚優心(おおつかゆうしん)くん、だっけ?」  桃華は俺の名前すらうろ覚えだった。 「大塚じゃなくて大槻(おおつき)ね。大槻優心」 「ああそうだ。一緒のクラスなのにごめんごめん」 「べつにいいよ…」  俺は少し凹むと同時に確信する。  ああ、これは玉砕覚悟の告白だなと。  9月1日、午前の校舎裏。  未だに結婚相手を見つけられない蝉が1匹、か弱げに鳴く。  日陰にいてもじんわりと汗をかくのは、残暑のせいだと俺は自分に言い聞かせた。  俺はブレザーを脱ぎ、腕にかける。 「優心くん、どうしたの?」  全然話したこともない奴が始業式サボってこんなところに呼び出してるのだから、きっともう彼女は気付いているだろう。 「優心くん?」  だから早く言っちまえよ。どうせ断られるんだから。 「俺、桃華のこと好きなんだ」 「え?」 「付き合ってほしい」  俺は桃華の目なんて見れずに、風に(なび)く彼女の茶色い髪の毛が肩にかかったり耳の後ろにいったりする様子を観察していた。  明日から気まずくなるんだろうな。やっぱ言わなきゃよかったわ。  彼女が作り出すサイレンスな空間に、そんなことを思う。 「うん。いいよ」  予想だにしないその3文字の言葉は、頭の中で変換されて「やだよ」の3文字に変わった。 「だよな…やだよね」 「え?いいよってば」  ブレザーがかかる片腕だけ、またじんわりと汗ばむ。 「ほんとにいいの?俺で?」  彼女は長いこと風と遊んだ茶髪を耳にかけて言った。 「うんっ。優心くんがいい」  それが俺等の始まりだった。
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