3. ムーンストーンの記憶

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 指輪の持ち主であるこの女性は、この指輪をずっと宝石箱の中に仕舞っていたようだ。捨てたいけれども捨てられなかったのだろう。その気持ちはすごくわかる。  互いの家を考えたら一緒になれない、ということは身分違いの恋だったのだろうか。彼は決して彼女を疎かにしたわけではない。それがわかっていたから、彼女は指輪をずっと持っていたのだろう……そりゃあ大切な指輪になるはずだ。  次に場面が変わり、今度は白っぽい部屋にいるのがわかった。病院だろうか。  今度はムーンストーンの、ぼんやりとした気持ちが入ってくる。嬉しさと戸惑い。そして薬指に嵌められた指輪に触れる、節ばった長い指。色が白い。血色が悪いのか。  ボクはなんとかその指の持ち主を見ようとした。けど、ムーンストーンはそこに意識を向けていない。指輪に触れられた彼女の気持ちを、一緒に暖かく受け止めている。 『ずっと持っててくれたの?』  掠れた、低い男性の声。生気がない。 『ええ、どうしても捨てられなくて』 『捨ててよかったのに』 『そんなこと言わないで』  返事の代わりの咳。ずいぶん長く咳き込んでいる。指輪をはめた手が、節張った指の持ち主……男性の背中をさする。ごつごつと骨が浮き出た背中。パジャマの下はまるで骨と皮のようだったが、愛おしそうに触れる手つきでわかった。この男性は、あの人か。  若い時に愛し合った相手。ムーンストーンの指輪が嬉しそうに共振している。指輪、捨てなくて良かったですね……思わず微笑む。  指輪をしている彼女は、最愛の人からもらった指輪を嵌めて、彼に再会できてきっと嬉しいのだろう。からだの輪郭から淡い白い光が出ている。あれ? ボク、人をこんな風に見たことあったっけ?と、ふと我に返る。  そのときだった。ぐぐっとからだが引っ張られた。まるでブラックホールに吸い込まれるが如く、ボクのからだはどこかへと引っ張られていく。  いや、実際の肉体は引っ張られていない。引っ張られていると感じているのはボクの……精神か。  強い力に抗えない。ムーンストーンではない、なにかもっと、邪悪な意図を感じる。そのとき、頭の中に声が響いた。 『お前は誰だ』  低い、男の声。節張った指の彼の声とは違う、聞くものを思わず平伏させてしまうような、威厳。 『くろみ、ず』  途中まで言いかけて微かに残った理性が、ボクを止めようとする。これは一体なんだ。テレパシーってやつか。いずれにしろ、正体がわからない相手に自分のフルネームを告げてしまうのは危ない。  けど、テレパシーっていうのは本当にやっかいだ。嘘をつけない、言えない。相手が求める情報を、求められるがままに言うしかない。抵抗なんて無駄なんだ。 『くろみず、あきら』  気がつけばボクは自分のフルネームを頭の中で呟いていた。力が抜ける。からだがくずおれていく。 「おい、どうした! しっかりしろ!」  耳元で獅童さんの声が聞こえる。低くて男らしくて、威厳があるのに耳心地がいい声。  そのままふっと意識が途切れ、ボクは、深い眠りに入った……らしい。
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