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ムーンストーンの回転は恐ろしいほどに心地よかった。ゆっくりと螺旋を描きながら、中心核へと降りていく。ボクは思わずその流れに身を任せた。さぁ、ムーンストーンよ。お前の持ち主の記憶、見せておくれ。
非現実的だと思うし、通常であればこんなこと、人前で試すことはない。
バイト先から預かっている石たちに自宅でダイブしたときは、鉱山での争いや抉られる山の記憶に辟易して、早々にダイブをやめたこともある。
それでも、時折見せてもらえる生成過程の、言葉に尽くしがたい美しさや、長い間マグマの下で眠り続けた記憶、あるいは持ち主に愛され、磨かれ、慈しまれた誉れ高い記憶などを宝石は持っていて、それらを垣間見せてもらえることはボクの密かな楽しみでもあった。
ムーンストーンの記憶は、最初はぼんやりとした映像として見えた。ハンサムな男性が落ち着かなげにうろうろとしている。ここはどこかの室内だ。装飾が古めかしい。そういえば、この男性もファッションやヘアスタイルにふるめかしさを感じる。
やがて、花のように微笑む若く、美しい女性が目に入る。そのときに、ボクは強く感じ取った……ああ、慈愛ってこういう感情なんだな、って。
相手を想い、気遣う。互いを包む優しい気配。いいなぁ、こういう関係。お互いがお互いを大切に思い合える。ボクもいつか、こういう風になれるパートナーができるだろうか。
ムーンストーンは次々に映像を見せていく。まるで、人の半生を映画で見せられているようだ。この二人はどうやら、家族に結婚を反対されたらしく、最初は微笑みあって幸せそうだったのに、だんだんと苦悩の色が強くなっていく。
若者の眉間には、その年齢には相応しくなさそうなくっきりとした皺が刻まれ、女性が花のように微笑むかわりに、涙ぐんだ瞳で男性を見ることが増えた。辛い。二人の感情が直に伝わってきて、息が詰まりそうだった。
やがて、何か決定的なことが起きたのだろう。男性が女性のもとを去った。女性は、このムーンストーンの指輪……おそらく、男性から送られたのだろう……を指から引き抜くと、床に叩きつけ、ベッドに突っ伏して泣いた。
けど、やがて泣き止み、茫漠とした表情で指輪を拾い上げる。ああ、この時の感情。女性の中にある愛おしさ、悲しさ、やるせなさ、怒り、そして……唐突にわかった。
男性と女性は、恐らくそれぞれ決められた相手がいたのだ。時代を考えれば仕方がないのかもしれない。当時はおそらく、自由恋愛などなかったはずで、特に家柄の良さそうなこの二人は、お互いの気持ちよりも家のことを考えて結婚することが当たり前だったのだろう。
愛し合っていたのにわかれざるを得なかった二人。ボクは苦しくなった。特に、女性側の気持ちが指輪を通して痛いほどに入ってくる。ボクはふう、とひとつため息をついて再びムーンストーンに意識を合わせる。
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