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4.ダイブ
目が覚める前の、たゆたう感じがとても好きだ。意識の奥深いところから、キラキラ光る水面のような「現実」にゆっくりと浮上する。周りが明るくなり、耳が音を捉え出す。誰かがボクを、呼んでいる。
「おい、黒水! 目ぇ覚ませ!」
ぱん、と軽く頬を叩かれて、ボクはハッと目を見開いた。心配そうにボクを覗き込んでいる坊主の金髪。強い目力。誰だっけ、この人。どこだっけ、ここ。
「……し、獅童さん!」
「目ぇ覚めたか。水、飲むか」
ほっとした声で獅童さんが言う。差し出されたペットボトルの蓋をもどかしく開け、ボクはごくごくと飲んだ。口の端からこぼれた水が滴り、服を濡らすのも構わなかった。
「具合はどうだ。どっか痛いとか辛いとかあるか」
「大丈夫、です」
ボクは一息ついて獅童さんを見て、そして窓の外を見て驚いた。オレンジ色の日が部屋に入り、床には家具の長い影が映っている。
「ボク……どうしたんですか」
「指輪を持って、しばらくは集中しているように見えた。けど、急に目をぎゅっと瞑って息が荒くなったと思ったら倒れたんだ。もう少し目が覚めなかったら救急車を呼ぼうかと思ってた」
「そう、ですか」
ボクは手元を見た。あの指輪はなかった。
「獅童さん、指輪は」
「こっちにある。ちゃんとケースに収めたから」
「良かった……」
ボクはほっとした。見せてもらえたあの素敵な記憶。倒れたのは指輪のせいじゃない。いや、ムーンストーンにダイブしたのが理由のひとつではあるけれども、メインはあの、誰だかわからない男に名前を聞かれたからだ。多分、個人情報を特定させないために、意識を手放したんだろう。
「こういうの、よくあるのか」
「へ?」
「サイコメトラー的なことをすると、意識がなくなるとか」
「あ……」
「すまなかった。知らなかったから安直に頼んじまって」
「え、いえ」
「水帆は倒れたとか何も言わなかったからさ。倒れるほど大変なことだと思わなかった。すまん」
そういうわけじゃ、と言いかけた言葉を飲み込む。確かに水帆先輩の指輪のリーディングのときは、倒れるようなことはなかった。今回倒れたのは、メインの原因は指輪ではない、けれども……。
ボクの中に、小さな意地悪心が湧いた。威圧的でオレ様な獅童さんが、ボクに気を使ってくれているこの状態はなかなか、良い。
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