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「姉ちゃんに、よろしくとか言うなよ」
わざわざそう釘を刺して、先生が革靴の踵を返す。大学生活を楽しんでいる教え子に、つらかった高校時代を思い出させたくないんだろう。
(冷酷暗殺者なんかじゃ、全然ないよな……)
黒いスーツの背中を見送り、オレはかじかんだ両手に息をかけた。
ああいう人になりたいなぁ、とまでは、正直思わなかったけど。だって目を合わせただけで子どもに泣かれそうだし。
でも。
(教師、かぁ……)
学校が大好きってやつじゃなくても、なっていいもんなのかな。無礼者でもいいのかな。いいよな、二貝先生だって、あれで教師やってるんだし。
そんなことを考えながら、オレは昇降口に足を向けた。
廊下の向こうから、ゴリラ先輩が歩いてくる。先輩が脚を動かすたびに、ズボンのチャックがパカパカして白いシャツが覗いていた。でも、クリーニング屋の紙袋を提げて、手作りらしいラッピングのバナナマフィンを胸に抱えた先輩が、すごく幸せそうだったから。
なんか知らないけど、報われたみたいで良かったな。
心からそう思って、オレは何も告げずに先輩とすれ違った。
【了】
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