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 侍神選定終了後、氷神シャルティローナが支配する氷の神殿にて――。  謁見の間に一人の白天人族と思わしき女性が、事前の約束もなく現れた。 「お初にお目に掛かります、氷神様。白天人族の第四王女ブリガンティ・カンディアーナと申します。この度は天帝より氷侍のお役目を仰せ付かり、こちらへ参上致しました」  火神が化けた偽物ではない正真正銘本物のブリガンティ・カンディアーナは、決して跪くことなく射るような目で氷神を見上げた。そこに神族に対する畏怖や敬慕の念はない。  氷神は困惑した。 「氷侍……? あの、私は承知しておりませんが……」 「『氷神の意志は関係ない』と天帝は仰いました」 「え……」  氷神は唖然とした。言葉の内容にも、自分を見下したような彼女の態度にも。彼女に仕える氷精達も黙ってはいなかった。 「無礼な! 恐れ多くも神族の御方に向かって!」 「吠えるな、下等種族が」  そう吐き捨てて、ブリガンティは向かってきた氷神の近衛兵達を剣の一振りで全員壁に叩き付けた。衛兵達はそれぞれに、言葉を解する生物のものとは思えない声を上げて気絶する。 (一撃……!?)  従者達は思わず主神を見捨てて逃げ出し、氷神だけがその場に取り残された。 「氷神様」 「ひっ!」  ブリガンティは、何時の間にか氷神に息が掛かる程の距離まで詰め寄って来ていた。氷神はそのただならぬ様子に思わず悲鳴を上げた。 「氷神様、貴女は数々の罪を犯しました。まず一つ目は、資格なき者を侍神選定に紛れ込ませたこと。神族としての資質を問われかねない愚かしさです」  ――がんっ!  ブリガンティの剣に穿たれ、氷の玉座に亀裂が入る。 「ひ、ひいいい!」 「二つ目は、貴女の眷族でもあるその者が選定中に倒れるという失態を犯した際に、御自身の意思で彼を回収しなかったこと。貴女は自らの取るべき責任を放棄しました」  ――がきっ!  もう一つ、別の亀裂が入る。 「や、やめ……」 「三つ目は、『病床の彼に付き添え』という天帝様の御神命に応じなかったこと。万死に値する大罪です」  ――がっ!  また亀裂。 「止めてください……!」  とうとう氷神は泣き出してしまった。だが、ブリガンティは彼女の懇願を聞こうともしない。 「そして、一番重要な四つ目――」  ――ばきんっ!!  一際大きな音がして、遂に玉座は砕け散る。 「私の出世の邪魔をしたことだ」 (元はと言えばこの女神の気儘過ぎる振る舞いの所為で、自分は確約されていた筈の火侍の地位を失ったのだ!)  ブリガンティはそう考えていた。  見方によれば一番責められるべきは火神であるが、ブリガンティは高位神を名乗るに相応しい実力を持った彼女に対し、少なからず敬意を抱いていた。必然的に全ての責任は、同じく高位神という括りではあるけれども火神よりは格の落ちる眼前の非力な神に転嫁された。 (恐らく手加減しておられたのだろうが、火神様が自身を倒したスティンリアに目を付けられたのは分かる。彼の延命の為に侍神位を与えたのもまあ理解できる。火神様の私に対するご無体には未だに納得がいかないが、あの御方の天帝や自分に対する不信感には気づくべきだったし、そういった要領の良さも実力の内と言われればそれまでだ)  しかし、それでも未練は大きい。もし火侍に就くことが出来たならば、きっと白天人族の中でのブリガンティの発言力も増したに違いない。王位継承にも優位に影響したことだろう。  それら全てをこの浅はかな女の所為で失ったのだ。この女がスティンリアに侍神になる機会を与えた所為で。この女が瀕死のスティンリアを見殺しにしようとした所為で。  例えそれが、他者を魅了する「美しさ」と時には命をも奪う程の「冷たさ」の性質を併せ持つ《氷》の神の本能によるものなのだと分かっていても、心情的に認められる訳がない。  しかも、それだけに止まらない。ブリガンティは掻かなくて良い恥を掻いた。  火神に放置され消耗し切った彼女が何とか回復し侍神選定への復帰を許されたのは、既にスティンリアが火侍となった後だったが、他の侍神候補者達も大体の事情を聞いてたらしく、どう評して良いのか分からない半笑いで彼女を出迎えた。  その時の彼女の気持ちたるや――。 「……! ……!」  恐怖のあまり声も出せず、ぐすぐすと鼻を啜る氷神の姿は実に滑稽だった。「氷のようだ」と評された美しさは何処へ行ったのか。  ブリガンティは氷神の髪を丁寧に一房救い上げ、その後強く引っ張り上げた。反射的に氷神は上半身を自ら持ち上げた。  眼前にやって来た氷神の白面に顔を寄せ、ブリガンティは囁くように言った。 「だから精々貴女には、私の踏み台にでもなってもらいますよ」  謁見の間に、聞く者全てを凍て付かせるであろう哄笑が響き渡った。
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