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「香月さん。」
「ん?」
「___広報宣伝部には、行きません。」
ドアにもたれるように、腕を組んでこちらを見る彼は優しい表情のまま。
濡れた目元をぐい、と拭って、その優しさに誘導されるように言葉を繋ぐ。
「総務部を離れたら、オフィス運営委員会には今のような関わり方はできなくなりますよね?」
「……無関係にはさせないけど。
それは、そうかな。」
「……リニューアルの仕事だけじゃなくて、私は、新しくなったオフィスを考えていくあの委員会も、好きなんです。」
広報宣伝部、なんて。
花形の部署で、もうこんなチャンスは二度と縁が無いかもしれない。
それに、今は「楽しい」って思えることがあっても、あの課長の下では、また辛いことがあっさりと追いついてくるかもしれない。
でも。
「……やっと楽しいって、認められたことがあるから。
まだもう少しここで、頑張ってみたいです。」
私は多分、"現状を変えられない自分"を、1番諦めていた。
"ほむさん。"
"はいはい。"
"…リニューアルの仕事ね、楽しいです。"
限りなく綺麗事に近いかもしれないけど、頑張ってみたい。
この正直な気持ちをうまく伝えられているかは分からず、情けなく表情を崩すと香月さんは「若いなあ」と、それだけを呟いた。
「……後悔、するかもしれませんけどね。」
「良いじゃん。
"若いうちに失敗も後悔も、いっぱいしときなよ。"」
そういうものだろうか。
眉を顰めて頼りなく笑うと、
「このセリフ、腹立たない?」
「え?」
思いもよらない問いかけが続いて、目を丸くして顔を上げる。
「よく言ってくる人いるだろ、こうやって。
軽い調子で“失敗しても大丈夫“とか。
ふざけんな、別に新人でも若くても、転んだら痛いに決まってんだろって思ってた。」
「…香月さんが?」
「そう。俺、結構ひねくれてるよ?」
クスクスと楽しそうに笑う彼に毒っ気なんて全く感じられない。
人の心の機微に勝手に勘付く、厄介な人だとは思っていたけれど。
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