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視界がゆらゆらと揺れていたけど、私が泣くのは絶対に違う。
体に力を入れて、ただジッとその場で下唇を噛んだ。
「…俺じゃなかったか。」
「……え?」
柔らかさを纏う笑顔と共に、静かに南雲さんは呟く。
「___本当はビール、好きなんでしょ?」
困ったように笑って告げられた問いに、驚きを隠せない。
「……どうして。」
「さあ、なんでだろ?」
優しい笑顔の中ではぐらかす彼は、私にその答えを告げる気は無いらしい。
「でも、何にせよ、
保城さんは俺の前ではそういうとこ、見せなかった。
___それがもう、答えだね。」
穏やかな包む声で確かめるように言われてしまえば、否定は出来なかった。
「……私は、缶ビールとサキイカ女です。」
降参してそう不思議な告白をすると、南雲さんは垂れた瞳を一層細めた。
「……全部見せたいって思える人なんか、当たり前に大事にしたくなるよな。」
それは俺、勝てないわ。
そう笑った彼に頭を下げて、話を終えた瞬間。
「保城さん!すみませんお待たせしました!
…あれ、南雲さん??」
フロアから爆速で一階のここまで駆けつけたのか、ハキハキと凛とした声の主は、一つ括りをしたヘアスタイルの前髪が若干乱れている。
「枡川お疲れ。」
「…え、2人はお知り合いだったんですか?」
「まあね。
俺は残業終わったら、彼女にドタキャンされて可哀想な瀬尾に構ってもらお。」
「な、何故それをご存知で…」
ドタキャンは、どうやら本当だったらしい。
顔を険しく気まずくして呟いた枡川さんに、南雲さんはただ笑っていた。
「…じゃあね、保城さん。」
「はい。」
彼は、"またね"は、使わなかった。
私はその気持ちにもしっかりと頷いて、もう一度深くお辞儀をした。
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