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「桝川さん。」
「…はい…」
彼女の行きつけのいつもの居酒屋に到着して、ファーストドリンクも無事に運ばれてきてから数十分。
いつも通り、決して広いとは言えない店内は日ごろの鬱憤を晴らしたいのであろうサラリーマンたちで満席状態だった。
そんな傍らで2人、向かい合って座っているこの状況で。
目の前の彼女は、ビールを男前に仰いだ後、私が差し出したリーフレットを読み始めてから一向に運ばれてきた料理には手をつけていない。
嬉々としてそれを手にしたはずなのに、特に反応が無いなと顔をあげた時には、泣くのを堪えているのか、綺麗な顔があっさり歪んでいた。
「桝川さん。料理冷めますよ。」
「い、今、胸が詰まってそれどころでは…」
「…じゃあ私、このたこわさ全部食べますね。」
「ダメです。」
「なんなの。」
リーフレットを一心に見つめてるくせに、そこは譲らない彼女に思わず突っ込んでしまう。
そして、自然と言葉は繋がった。
「…桝川さんが、言ってくださった言葉。」
"保城さんのように、いつもいつも笑顔で頑張られている方が、そこに入るとちょっとホッとできるような。
1人で深呼吸ができるような。"
「1人個室のコンセプトは、私だけじゃなくて、社員全員にも伝えるべきだと思いました。」
正直な気持ちを吐露すると、彼女は潤んだ瞳のまま微笑む。
「とても、嬉しいです…。
私は、誰かに褒められるために仕事をやってるわけじゃないってそう思ってましたけど、でもやっぱり、こうやってお客様から反応をいただけたら、それは当然、力になります。」
ビールはまだ、一杯目。
本音を語るには照れくささがまだまだ抜けない。
でも本音ばかり溢してくるこの人には、もう伝えたくなってしまった。
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