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「…保城さん。」
「なんですか。」
ヘタレですねって、笑ってやりたいのにどんどん私も視界がぼやけて阻まれてしまう。
そんな私達はお構いなしに、店内はガヤガヤとした喧騒に包まれている。
「ライバルと友情は、やっぱり共存できないでしょうか。」
「…少年漫画みたいなこと言わないでください。」
「……ひとつなぎの大秘宝、一緒に探しませんか。」
「嫌です。
桝川さんの船、勢いよく出発してすぐ遭難しそう。」
「ひどい…でも否めん…」
交わされるくだらない会話の中でも、彼女は泣きっぱなしで、私は自分のバッグからハンカチを取り出してそれを差し出した。
「さすがにおしぼりで拭くのはやめてください。」
「…ありがとうございます。
保城さんは、出会った時からやっぱり私が憧れてる女性です。」
「……変わってますね。」
「そうですか?ちなみに、おっさんのところも全部、好きです。」
「やまかしいです。」
サラリーマンが集う、お洒落でも何でも無い、こじんまりした居酒屋。
まだ一応若い私達が、テーブルにはおっさんのおつまみだらけで、ビール片手に泣いてる光景はどうなのかと思う。
だけど素直な気持ちを、この人には多分吐き出せる。
_____吐き出したい。
「…枡川さん。」
「はい。」
「"此処"で、仕事の愚痴に定期的に付き合ってください。」
私がそう言うと、枡川さんはきょとん、と瞳を丸くして、それから整った顔を屈託なく破顔させた。
それを見てたら私はまた鼻の奥につんとした痛みがあって、少し焦る。
最近私は、涙腺が馬鹿になり過ぎている。
でも。
___"自分を曝け出したいって思う瞬間は、
紬のタイミングで、
これからいつでも、ゆっくり決めれば良い"
心の奥であの男が笑っている気がして、やっぱり涙が出た。
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