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私は多分、本当に馬鹿だ。
新しい道を決めたあの男が、今の場所を去るかもしれないなんて。
そんなの、少し考えたら分かるのに。
"今日ちょっと早番だから、あんたの干物化の時間は間に合わないと思って、休憩中に待ってた。
こんな時間まで仕事して、社会人は大変だね。"
私いつも、待ってもらってばかりだった。
居酒屋でも、コンビニでも。
自分の足で会いに行かないとって決めたくせに、結局、あの男を探すだけで。
もう会えないかもしれない、そう思うだけで痛む心があるくせに、いつまでも偶然に期待して。
ぐるぐると、さっき教えられた事実が身体中を一気に駆け巡って、確実に大きくなる焦りがある。
そして。
大きくなる気持ちが、ずっとある。
__あの男がまた踏み出す時、私、隣に居たい。
自分のスカートをきゅ、と握って、一つ息を吐く。
覚悟が乗ったそれが、緊張気味に空気を震わせる。
意を決して顔をあげると、いつもの微笑みを携える桝川さんと視線がかち合った。
「…保城さん、行ってください。」
まるで私の考えを読み取ったかのような促し方に、思わず眉が下がって情けない顔になってしまう。
「……すみません。」
「ここは私が奢りますので!!」
「ダメに決まってます。」
何を言いだすのだと、とりあえず財布を取り出そうとすると、
「本当に良いんです!
だって、また次がありますよね。」
「……、」
「次は、保城さんが奢ってください。」
その時いっぱい食べます、と少し茶化すような笑顔の彼女は既に顔が真っ赤だった。
お酒が強いくせに、すぐ顔に出る所も魅力だとは思うけど、あの人は、気が気じゃないだろう。
「分かりました、次回必ず。」
はい、と嬉しそうに答えてくれる彼女に私も表情を崩して、こっそりスマホを手早く操作する。
メッセージを送り終えた私は、グレンチェックのジャケットとバッグを引っ掴んで、彼女に一礼して出入口の方へと足を急がせた。
《瀬尾さんすみません。
私、急用ができてしまいました。
いじけていないで、
桝川さんを迎えにきてください。》
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