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「…梓雪。」
私がもう一度耳元で名前を呼ぶと、拘束されていた腕が少し緩まった。
真っ暗に近い景色の中、お互い背中にまわる手はそのままに向き合う姿勢を保って、私はくっきりと喉仏の見える首元からその顔へと視線を上げた。
至近距離で綺麗な三白眼とかち合う瞬間、
私はあることに初めて気がつく。
私を易々と見下ろしてしまう男は、夜に溶け込まない、いつものアッシュの髪じゃ無くて。
____黒髪、だった。
嗚呼、もう本当にこの人は、
今のこの場所から、きっと居なくなるつもりだ。
それを同時に理解してしまえば、
やはり涙が止まらない。
「紬、どうした。」
ちょっと焦りの滲んだ声色でそう静かに問いかけながら、親指の腹で私の目尻の涙を拭い取った。
「梓雪、待って…」
「……え?」
「まだ、行かないで……、」
私はまだ何も、伝えられてない。
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