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「あの日、紬が電話しながら苦しそうだったの知ってたから。
俺、喧嘩売った。」
"……だから、俺はまた保城さんをご飯に誘いたいって思う。"
"あの日"はきっと、電話での南雲さんの言葉にうまく答えられなかった時のことだ。
「喧嘩って…、」
物騒な言葉に戸惑うように聞き返すと、男は眉尻を下げて困ったように表情を崩した。
「帰り際、いつも通りビールのクーポン渡して。
"これが好きなんだって紬が言い出せないような人には負けないです"って。」
私の知らないところで、何をやってくれているの。
大体、私が彼に対して悩んで迷ってたのはそこじゃ無い。
この男への気持ちだけだったのに。
___本当はビール、好きなんでしょ?
彼が本当のことを分かっていた理由を、予想外に知ってしまった。
「嫌だったけど。
紬のそういうとこ、他の奴に知られるの。
でも俺は紬と違ってライバルなんかどーでも良いし、
最後の最後まで蹴落とそうとするから。」
「…性格、悪。」
嗚呼、こんな会話を前にもしたことがある。
ず、と鼻を啜って気まずく言う私に笑って、梓雪は「…でも、」と言葉を繋いだ。
「……牽制のつもりで言ったのに。
"知らなかったですけど、いつか教えてほしいですね"
って言われて。
多分この人は紬のことちゃんと見てくれる人だって思ったら、出る幕無いのは、中途半端な俺の方かもって、思った。」
口角を上げていつもの声で伝えてきてるけど、その表情に寂しさが見えて、心がきしきしと音を立てて痛む。
___"中途半端"なんて言葉、使わないで。
そんな風に、自分のこと傷つけたりしないで。
「南雲さんとは、ちゃんと話した。
…梓雪、ごめんなさい。」
「……なんで、謝んの。」
「あの時、酷いこと言った…、っ」
"私は、誰でも簡単に抱きしめられる奴のことなんか、好きになったりしない。"
そう告げれば、やはり男は息を静かに吐いて笑って、私の涙を拭うのを止めない。
「…八恵さんのこと、誤解してるって分かったけど。
あの時、これからについてを説明するにはまだ正式に色々決まって無かったし。
何より、過去も含めて自分のことを伝えるのは、やっぱりそれなりに覚悟が要る。紬には、特に。」
______好きだから、尚更。
夜に落とした掠れた声が、空気を優しく振動させた。
ポロポロとどうしたって瞳から落ちる涙をそのままに
梓雪を見つめていると、拭う動作は呆れずに続けてくれる。
それでも、指では全く追いつかない涙の溢れ具合に「キリがねーな」と少しの困惑の中で、柔らかく笑った。
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