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そうして、私の頬を包むようにそっと触れる右手。
紬、と再び呼んだ男は
「……俺、元々陸上やってて。」
と、硬い声で言った。
「……うん。知ってる。」
「は?なんで。」
「朝地さんが教えてくれた。」
「………」
素直に伝えると、一瞬険しい顔つきに変わった男はそのまま、はぁ、と大きく息を吐き出した。
「…まじであの人はお節介。」
「だけど、梓雪が大事なんだなって凄く伝わった。」
気まずそうに視線を逸らしてぼやいた梓雪の言葉を追うように告げたそれは、私の本心でしかない。
朝地さんがどれだけの葛藤の中で、見守ってきたか。
あの夜、カフェでこの男のことを話してくれた
彼女の言葉全て、私は絶対に忘れられない。
何処まで立ち入って良いのかは分からないけど、上手く言えないもどかしさの中で男の上着をぎゅう、と握ってしまう。
それに反応するように男は「うん、分かってる」と受け止める声色で、笑って。
「_____息が、し辛そう。」
そしてぽつんと、言葉を吐き出した。
「……それ、」
「俺が居酒屋で初めて、紬と話した時に言った。
コンビニにいつも缶ビールとサキイカ買いにくる女が、瀬尾さんと居酒屋来たら、全然違う顔してた。」
まあ最後はビール仰いでたけど、と私の頬を指で擽るように触れながら言う男を睨むけど全く効き目は無いらしい。
「枡川さんと来た時も、どっか浮かない顔して、本心を隠してるみたいな、そんな雰囲気で。
しんどいなら、来なきゃ良いのに。
でも枡川さんのこと嫌いじゃないんだろうな。
息がし辛そうで、自らそう追い込んでるみたいで、気になった。」
___今までの自分に重なったから。
三白眼を細めた人懐っこい笑顔。
もうずっと前から見てきた筈なのに。
その笑顔の奥に、私は全然気づけてなかった。
「…もうずっと、自分がそうだった。
走ってる時、
呼吸の仕方がよく、分からなくなってた。」
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