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一瞬、驚いたような息遣いが聞こえたけど、それでもすぐに力を込めてぎゅう、と応えてくれる温もりにまた、涙が出た。
「……あの時、足、痛かった…?」
そのまま情けない声で尋ねると、梓雪は、ん?と聞き返してくる。
「私のこと、駅まで追いかけてきてくれた時。」
「ああ、あれか。」
思い出してクス、と笑った男は、もはやしがみつくように首に回していた私の両腕の拘束を優しく解く。
そして距離が少しできた瞬間を逃さず、視線を合わせてきた。
冷静になると、自分の行動に当然、恥ずかしさが顔を出す。
それさえもお見通しのような顔をして、「あのくらい大丈夫。」と、男は甘さを保って微笑んだ。
「あの時、久しぶりに走ったけど。
別にもう、走る理由は、
自分のためじゃなくても良いかって思った。
好きな子のために走るの、悪くなかったし?」
やっぱり軽口でそんな風に告げてくるから文句を言いたくても。
その声色があまりに優しくて、裏に抱えているものが伝わって涙ばかりが出る。
____人間は本当に、面倒だ。
《頑張って》
そう応援して欲しい、
誰かに見ていて欲しい時があるくせに。
その言葉に重さを感じる時が、必ずある。
いつもずっとその狭間で迷って、葛藤してしまう。
「…これ、あげる。」
「なんかずっと持ってると思ってたけど、何。」
先程、自販機で購入したそれを差し出すと男は不思議そうに尋ねてきた。
「炭酸ジュース。」
「…なんか、中身の泡立ちがすごいんだけど。」
「それ持って、走って来たから。」
「……俺のために?」
ぼろぼろな顔のままそう言うと、梓雪は揶揄うように聞いてくる。
「そうだよ。」
だけど、私の即答は予想していなかったのか驚いて瞳を丸くした男に言葉を続けた。
「梓雪が走れない時は、
私が代わりに走るから、大丈夫。
このジュースは、
“今までよく頑張ったね“代でも、
“ここからまた、頑張って“代でも、
もう、何でも良い。
別のこと選ぶなら、
今まで走った梓雪をいっぱい褒めたい。
また走りたいなら、応援する。
どっちでも、いいから。
私が、側にいたい…っ」
『…良く頑張ったで賞?』
『"明日も1日頑張れ"代、だけど。』
缶ビールとサキイカ。
私の黄金コンビを、
自分を褒める時にも、もう少し頑張りたい時にも、
渡してくれた。
『…そんなの、もうなんでも言えるじゃん。』
『そうだよ、何でも良い。
紬に渡す理由が欲しいだけ。』
私も、そうだよ。
___梓雪を支える理由が、欲しいだけだよ。
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